くすぶる超円安とハイパーインフレ懸念 続く「後は野となれ山となれ」政策
2023/07/27 原真人 AERA dot.
―― なぜ 世界的インフレが なかなか収まらないのでしょうか。
藤巻健史(以下、藤巻): 世界的なインフレは ロシアによるウクライナ侵攻とか、新型コロナの
感染拡大とかが理由だと誤解している人も多いが、基本的には 世界中で 異常な金融緩和が
続けられ、市場で お金がジャブジャブになっていることがもたらしたものです。米国の中央銀行
FRB(連邦準備制度理事会)は いま超金融緩和をやめて出口政策に向かっており、金融引き締め
を急ごうとしています。しかし 本当は もっとずっと早く着手しなければいけなかったのです。
FRBは、1980年代後半の日本のバブル経済を もっと研究しておくべきでした。それが できて
いなかったので、今回、金融引き締めがずいぶん遅れてしまったのです。
―― 日本のバブルの研究をしておけば対応は違ったものになったというのですか。
藤巻: 日本では 85~89年にお金が余っていたせいで土地や株などの資産価格が急騰しました。
その資産効果がものすごい狂乱経済をもたらしました。当時の日銀総裁、澄田智(1916~2008)
は 後に「消費者物価ばかり見ていて、不動産価格などを見ていなかった」と反省しています。
それこそ 今の米国が教訓とすべきことです。米株価は いまも史上最高値圏にあります。いわば
投資家全員が もうかっている状態です。そんなときの資産効果は ものすごいものがあります。
たとえば、バブル期の日本では、飛ぶように売れた高級車の名にあやかって「シーマ現象」と
呼ばれる経済状態になりました。経済は ものすごく回転していたのに、なぜか 消費者物価は
安定していたので金融引き締めが遅れたのです。
―― バブル経済時の日本の消費者物価はどうして安定していたのでしょうか。
藤巻: 毎年30~40円幅の円高ドル安が起きていたからです。それが輸入物価のデフレ要因となり、
資産効果による強烈なインフレ圧力と相殺し合ったのです。しかし、今の米国では それと比べる
と ドル相場がずっと安定しているので、当時の日本以上にインフレ圧力が強いはずです。しかも
世界的な金融緩和、つまり 中央銀行による おカネの刷り過ぎで 資産効果がものすごいことに
なっている。株が 市場最高値で、地価も上がっている。そこにコロナ・ショックとウクライナ・
ショックによる供給制約が発生したことが相まって、世界経済に強いインフレ圧力が加わっている
のです。
―― そのなかで急激な円安が進んでいるのはどうしてですか。
藤巻: いまの円安は 3つの要因から起きています。 第一に、経常収支の動き。貿易赤字が膨らみ、
経常黒字額が 大幅に減ってきています。 第二に、日米金利差。米国で急激な利上げが始まり、
マイナス金利にとどまったままの日本との間で金利差が広がっています。どちらも 円安ドル高
要因ですが、この二つが これほど そろって起きたことはなく、初めてのことです。
こんなにわかりやすい マーケット状況はありません。米国では 史上最大の金融緩和がまだ正常化
を 終えていない段階で、40年ぶりのインフレが進んでいます。そんなものが本来両立するわけが
ありません。インフレが 最大の問題になりつつあることもあり、金融引き締めは かなり進む
でしょう。 一方、日銀は 異次元緩和を続ける姿勢を崩さない。必然的に円安が進むしかないと
投資家は 自信をもって円売りドル買いをするでしょう。基本的に 今の円安は この2大要因で
進んでいます。
そして、もう一つ大きいのは米国の金融政策で22年6月から量的引き締めが始まることです。
テーパリング(量的緩和の縮小)を 21年11月から始めているので、たいして 違ったことが
起きないと勘違いしている人が多いが、まったく レベルが違います。テーパリングというのは、
ゆるやかだけど まだ山を登っている状態です。しかし 量的引き締めというのは、山を下りること
です。ぜんぜん景色が違う。この3つで 円安が進んでいるので、僕は ものすごい円安になって
しまうのではないかと思っています。
―― この円安はどこまでいくと思いますか。
藤巻: 僕は かなり行くと思っています。1ドルが400円、500円になってもおかしくない。
1000円になったら 日銀は もうつぶれてしまっているでしょうね。日銀が 債務超過になったら
紙幣は紙切れ、石ころと同じです。そうなれば 1ドル=1兆円でも おかしくない。天文学的数字
になると思う。インフレというのは モノとおカネの需給関係で起きるものですが、 ハイパーインフレ
というのは それと異なり、中央銀行の信用失墜で起きるものです。インフレとハイパーインフレ
は 経済的な意味がまったく違う。そして 中央銀行の信用失墜の最たるものが債務超過です。
このインタビューをしたのは 2022年4月だったが、その後の経済状況は 藤巻が ここで見立てた
シナリオ通りにほぼ進んだ。
資源価格とエネルギー価格が高騰するなかで、2022年の日本の貿易赤字は 19兆9713億円に
のぼり過去最大となった。米欧の中央銀行による 利上げも着々と進んでいる。米FRBは 22年3月
に ゼロ金利を解除してから、翌年5月の政策決定会合まで 10回連続で利上げし、政策金利を
5.0~5.25%とした。資産の圧縮(量的引き締め)も ゆっくりとだが、予定通り進めている。
これに対し 日銀は マイナス金利を続けており、日米金利差は 少しずつ拡大している。
この状況下で、円安ドル高は急速に進んだ。22年10月21日には ニューヨーク市場で 一時1ドル
=151円90銭をつけた。バブル経済期以来、32年ぶりの円安水準である。
ところが、このあと 局面がガラリと変わる。政府・日銀による大規模な為替介入が行われた
ためだ。のちに 政府が発表したところでは、この時期の1カ月間の介入額は 6.3兆円にのぼった。
異例の大規模介入によって、流れが 一気に円高方向へと反転した。翌11月になると、円高の
ピッチが早まり、1日で 7円も 円高が進んだ日があった。結局、この月だけで9円超の円高が進み、
137~138円まで水準を戻したのである。
一見すると、藤巻が鳴らした警鐘は 杞憂に終わったようにも見える。だが、そう単純には
言えない。安心するには 早すぎるだろう。ある政府関係者はのちに、私にこう打ち明けた。
「 為替介入での海外ファンド勢との攻防は、本当に薄氷の戦いだった 」
海外ファンドによって 巨額の円売りを仕掛けられたのは、ある意味で当然だ。藤巻がとった
思考法は、市場参加者であれば ほぼ同じようにとるからだ。市場は 完全にその流れに乗り
どこまで円安を進められるか、当局を試しているようなところがあった。
政府・日銀は その売り圧力に対して、市場の予想を上回るほどの大規模な介入をした。
市場の微妙な風向きの変化にうまく乗り、そのサプライズによってなんとかこの場をしのいだ。
だが 先ほどの政府関係者は言う。「 一つ間違えれば 1ドルが 200円を超えていても おかしく
なかった。それくらい市場の圧力が強かった 」と。
政府・日銀の介入があれば 簡単に 海外ファンドの売り圧力などはね返せる、と言えるほど、
通貨円をとりまく状況は盤石ではない。藤巻が警告する危機のマグマは あいかわらず消え失せて
はいない。いまだ沸々とくすぶっている。