これが証拠メールだ、地震本部の警告を骨抜きするよう圧力かけた内閣府の罪
【地震大国日本の今】「津波リスクはなぜ軽んじられた」 地震学会元会長が告発
2023.4.29(土) 添田 孝史 JBpress
地震のリスクを科学的に評価する(リスク評価)。 その評価をもとに、被害を小さくするため
ハードやソフトの対策を進める(リスク管理)。 それが 地震防災の進め方だ。
しかし、311前の東北地方の津波リスク評価は、電力会社を中心とする「原子力ムラ」の圧力で
ねじ曲げられており、そのため 津波で多くの人が亡くなり、原発事故も引き起こした可能性がある。
そんな疑惑を、元日本地震学会会長の島崎邦彦・東大名誉教授が、3月末に発売された著書
『3.11 大津波の対策を邪魔した男たち』(青志社)で告発した。
この告発は、一般の人だけでなく、地震学者など専門家の間でも話題になっている。
「おかしなことが起こっている」
島崎さんは、2002年以降、津波のリスク評価が水面下で巧妙にねじ曲げられていった経緯を、
公開されていなかった議事録 や 電子メールなどを引用して、研究者や官僚など関係者の実名も
出して 細かく描写している。
311前に、津波のリスクを小さくしようとする「おかしなこと」が起こっていると 島崎さんは
感じていたが、背景は わかっていなかった。後になって、原子力ムラが関係していたと考えると、
疑問が氷解したという。
原子力ムラの実体は、原発を推進するために、電力会社を中心に、大企業や経済産業省、研究者、
メディアなどが絡み合ったコングロマリットのようなものだとされている。
地震リスク評価の第一人者だった島崎さんによる内部告発であることには重みがある。
震災後には 原子力規制委員会の委員長代理も務め、原子力ムラの実態と力の大きさをよく知る立場
にあったことから、告発の信頼性が高まっている。
告発 「地震本部のリスク評価を 内閣府がねじ曲げた」
この本で 主に描かれているのは、2002年から2005年にかけて、政府の地震調査研究推進本部
(地震本部)による地震のリスク評価(長期評価)を、内閣府が ねじ曲げていく過程だ。
※小泉純一郎(1942~)首相:2001年4月26日 - 2006年9月26日地震本部は、文部科学省に事務局があり、地震学者らが 月一回程度集まって、各地域でこれから
どんな地震が発生するか、長期的な予測(長期評価)をまとめている。
「マグニチュード(M)7程度の首都直下地震の発生確率は、今後30年以内で70%程度」
「南海トラフで M8〜9級の巨大地震が 20年以内に起こる確率は60%程度」*1
といった予測を発表している組織だ。
一方の内閣府は、国の防災を担当しており、中央防災会議の事務局でもある。地震などの災害に
どう備えるか、防災基本計画の作成などをしている。リスクを評価する地震本部、そのリスクを
管理するのが 内閣府という役割分担になる。
2002年7月、島崎さんらが中心になって、東北地方の太平洋側で、どこでも 津波高さが10mを
超えるような M8級の地震(津波地震)が発生するおそれがあるという新たな予測(長期評価)を
地震本部がまとめた*2。 これに従えば、福島第一原発の津波想定は 従来の3倍近くに上昇し、
大がかりな対策工事を迫られることになる*3。
この長期評価の発表直前、内閣府の担当者から「 防災担当大臣が非常に懸念している 」
「 発表を見送れ 」と、地震本部事務局にメールが送られる(画像参照)。
発表が止められないとわかると「 津波対策をしなくて良い 」と読める文言を挿入するよう
内閣府は迫り、長期評価は 改変されてしまう*4。
さらに 2003〜2005年にかけて、中央防災会議が 東北地方の津波対策をまとめる過程で、
地震本部の津波地震は葬られてしまう。明治三陸地震のような すでに起きた津波地震より、
長い間 地震が起きた記録が無い その南側(宮城〜福島沖)の方が危ない という地震学者らの
警告は無視されたのだ。
内閣府の担当者が地震本部に送ったメール 拡大画像表示
「 内閣府の防災担当は、津波地震のうち、明治三陸地震だけにそなえれば良い、とした。
このため『 備える必要がない 』とされた地域で、多数の人々が 3.11大津波の犠牲となった」
と島崎さんは述べている。
中 央防災会議が想定した津波の発生場所 拡大画像表示
東日本大震災による死者・行方不明者は 1万8423人*5。死者の9割は 津波による溺死だった。
さらに 震災関連死も3789人*6に上る。津波による死者の大半は、中央防災会議が「 備える必要
がない 」と油断させていた宮城県より南で亡くなっている。
*1 地震調査研究推進本部 今までに公表した活断層および海溝型地震の長期評価結果一覧(2023年1月13日)
「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価について」 2002年7月31日
*3 当時、原発の規制を担当していた原子力安全・保安院は、長期評価によれば 福島第一原発にどれぐらいの
津波が襲来するか計算するよう要請したが、東電は 40分くらい抵抗して、逃げ切った。長期評価が福島第一
に大きな影響をもたらすことを長期評価発表当時から東電は知っていたのだ。
https://level7online.jp/2022/20220507/
*4 木野龍逸 「長期評価の発表を防災担当大臣が『懸念』し修正を要求」 2018年8月1日 Level7news
*5 警察庁緊急災害警備本部 平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震の警察措置と被害状況 2023年3月10日
*6 復興庁 東日本大震災における震災関連死の死者数 2022年6月30日
津波対策には 金が必要、
科学者たちが 津波のリスク評価をまとめた。それは 従来の想定よりかなり大きいので、対策に
お金がかかる。「 ならば評価を小さくしてしまえ 」とリスクを管理する側(内閣府)が迫る。
それは 科学をねじ曲げる異常な動きだ。食品安全委員会が調べた食品のリスクを、厚生労働省が、
対策が難しいからと変えさせてしまうようなものである。
ところが 東北地方の津波想定では、それが起きていたのだ。
「 原子力ムラが 内閣府防災担当を使って、国の地震防災計画から福島県沖の津波地震を除かせた
のだ。私は そう思っている 」
と島崎さんは推察している。
それは 島崎さんの思い込み、根拠の無い陰謀論だという批判もある。確かに 2002年から
2005年にかけて 地震本部のリスク評価がねじ曲げられた過程で、原子力ムラの圧力が働いた証拠
は見つかっていない。ただし 別の時期では、同様のリスク評価ねじ曲げに、原子力ムラが関わって
いた。行政文書に記録が残っている。
例えば 本書の8、9章では、東電が 震災直前の2011年、地震本部の長期評価の改訂作業に介入し、
自社に都合の悪い津波想定が公開されないようにしていた事実が明らかにされている。長期評価の
事務局である文科省と東電が 秘密会合を何度も開き、公開前の長期評価の文言を改変していた*7。
※ 菅直人(1946~)首相:2010年6月8日 - 2011年9月2日
本書の第1章で触れられている事例は、1997年の津波想定つぶしだ。これは 2002年長期評価の
一つ前の津波想定についての出来事である。建設省(現国土交通省)など 4省庁がまとめていた
津波想定は、福島第一の津波想定を超え、敷地に遡上してしまうものだった。
※橋本龍太郎(1937~2006)首相:1996年1月11日 - 1998年7月30日
電力会社は、これが発表されることを恐れて、原発を推進する通商産業省(現経済産業省)を
通して、発表しないように、あるいは 内容を書き換えるように、建設省に圧力をかけていた。
その内部文書が、311の後に開示されている*8。
このように、1997年と2011年については、原子力ムラが圧力をかけた確実な証拠がある。
その間の2002〜2005年にかけてだけ、何も裏工作が無かった とは、むしろ考えにくい。
また、津波想定ではないが、2000年代に開かれた 政府の原発耐震強化についての審議会で、
電力会社が 専門家たちに根回しして 都合の良い内容を代弁してもらったり、あるいは 具合の悪い
ことは黙っていてもらったりして、耐震策を骨抜きしようとしていたことも明らかになっている*9。
裏工作する手法、実行を担当する社員、予算、コネクション、それらを電力会社は ずっと豊富に
維持していたのだ。
*7 橋本学、島崎邦彦、鷺谷威 「2011年3月3日の地震調査研究推進本部事務局と電力事業者による日本海溝の
長期評価に関する情報交換会の経緯と問題点」 日本地震学会モノグラフ第3号「日本の原子力発電と地球科学」
2015年3月 p.34-44
木野龍逸 「文科省から政府事故調および国会事故調に提出された資料」 2019年1月22日
添田孝史 「原子力安全・保安院 行政文書ファイル『企調課提出資料』の残りぜんぶ」 2019年1月9日
*9 石橋克彦 電力会社の「虜(とりこ)」だった原発耐震指針改訂の委員たち:国会事故調報告書の衝撃
科学82(8)2012年8月 p.841-846
添田孝史 「電力業界が地震リスク評価に干渉した4つの事例」 日本地球惑星科学連合2015年大会
[S-CG56] 日本の原子力発電と地球科学:地震・火山科学の限界を踏まえて 口頭発表
添田孝史 「事故前、対策をとるべきだと伝えていた」Level7news 2021年3月12日
東電の担当者が、津波や地震の研究者に根回していたとメールで報告している。
1000億円規模の利益を守るために見捨てられた津波死者
古い原発を 無対策のまま延命させて運転継続できれば、年に1000億円オーダーの利益を得る
ことができる。そのために 津波想定の見直しを、少しでも遅らせたい。
そんな動機による東電の裏工作が、原発事故を引き起こしただけでなく、311の津波の死者を
増やしてしまったのだろうか。
中央防災会議は 311後、「 これまでの地震・津波の想定結果が、実際に起きた地震・津波と
大きくかけ離れていたことを真摯に受け止め、今後の地震・津波の想定の考え方を 抜本的に
見直さなければならない 」と反省した*10。
しかし、なぜ 想定を誤ったのか、原因は追及されていない。
「 原因の追及がなければ、過ちは 繰り返される。過ちが どのようにして起こったか、誰が何を
したかが 追及されない限り、何も変わらない 」
と島崎さんは述べている。
島崎さんは、福島原発事故を調べた政府の事故調査委員会も、内閣府の圧力についての追及が
腰砕けになってしまったことを指摘している。
「 政府事故調は 途中で変わったようだ。追及していくうちに、政府自身が追及される立場となり、
急に方向転換したのだろう 」
震災から12年経つが、まだ よくわかっていない重要なことは多い。
*10 中央防災会議 東北地方太平洋沖地震を教訓とした地震・津波対策に関する専門調査会報告 2011年9月28日