副作用があらわになった10年…日本経済の病理と処方箋は?

           2月8日  (西日本新聞) - Yahoo!ニュース

 

【東京ウオッチ】

 4月に 日銀の黒田東彦総裁が任期満了を迎えるのを前に、政府と日銀が 2013年に取りまとめた

共同声明の見直しを求める声が強まっている。 この共同声明を基に 日銀は 10年間にわたり

大規模金融緩和を続けてきたが、円安に伴う物価上昇などの副作用が目立ってきた。

  経済界、労働界、学識者の重鎮がそろう政策提言団体の「令和国民会議」(令和臨調)は、

1月30日に 新しい共同声明の作成を求める緊急提言を発表した。記者会見で語られた日本経済が

抱える病理とその処方箋は―。

                         「つまらないプリンス」が首相就任会見で見せた「らしくない」顔

 

起点は 13年の共同声明

 「 財政の歳出拡大が続く一方、異次元の金融緩和で日銀が国債購入を続け、金利をゼロ近傍に

抑えてきたことで、国債の発行は増えても 利払い費用は反映されない(増えない)。国は いくら

借金しても大丈夫という意識が、政府や国民の一部にあるのではないか 」

  令和臨調の「財政・社会保障部会」の共同座長を務める平野信行・三菱UFJ銀行特別顧問は

厳しい表情で切り出し、言葉を継いだ。

 「 本来の成長戦略、構造改革が先送りされ、経済の発展にとって 重要な新陳代謝が遅れた。

結果として生産性も低迷している。さらにそれが、金融政策の正常化を妨げる悪循環をもたらして

きた。その起点が、13年の共同声明だ 」

 

安倍元首相に押し切られ

 13年の共同声明は、「アベノミクス」を掲げて政権復帰を果たした故安倍晋三首相に、当時の

白川方明日銀総裁が押し切られる形で取りまとめられた。当時、政権内には 日銀の金融緩和が

不十分なために、デフレ(物価下落)が続いているとの不満が渦巻いていた。

    白川氏は 最近の時事通信のインタビューで「多くの国民が、大胆な政策も試してみる価値がある

という気分に傾き、中央銀行として 国民の声を全く無視することはできなかった」と振り返っている。

  共同声明は、日銀が「 物価安定の目標を消費者物価の前年比上昇率で 2%とする 」とし、

「 できるだけ 早期に実現することを目指す 」とした。安倍氏に推されて 同年3月に就任した

黒田総裁は、共同声明を根拠に、国債を大量に買い入れて金利を抑え、市場に大量のお金を供給する

「異次元の金融緩和策」を推し進めてきた。

 

 「黒田バズーカ」と称された大規模緩和策は、当初は 過度な円高の是正など 一定の効果を

もたらしたが、導入から10年がたち、ほころびも目立つ。 日銀の大規模国債買い入れで金利が

低く抑えられ、政府が「予算制約意識なきバラマキ財政」(令和臨調の資料より)を採った結果、

国の長期債務残高は 1000兆円超に膨らんだ。

   ウクライナ危機では、米欧の中央銀行が インフレ(物価上昇)抑制のため急ピッチで利上げを

進める中、日銀は大規模緩和を続けて金利差拡大による急激な円安を招き、輸入物価の大幅な上昇

をもたらした。結果として 足元の物価上昇率は 2%を超えているものの、賃金上昇は追いつかず、

国民生活を圧迫。日銀が目指す姿とは程遠いのが現状だ。

 

デフレが先か、停滞が先か

 平野氏は 会見で「 アベノミクスの評価はさまざまだ。ただ、10年間の長きにわたって、

当初期待されたような成果を上げたのかは、令和臨調としては疑問に思っている 」と総括した上で、

「 今や、経済人の中でも このままでいいのかという意識は広がっている。この危機感を共有して、

超党派的に政治を動かすことが大事だ 」と訴えた。 

 さらに、「デフレは貨幣的な現象だと、10年前は広く信じられていた。しかし、デフレが経済を

停滞させたのではなく、経済が停滞しているから デフレになったのが、恐らく 実態に近いのでは

ないか。 通貨発行を増やしても、金利を下げても、実体経済が動かなかったのは、将来に対する不安、

閉へい塞そく感があるからだ。金融政策に経済の構造を変えたり、需給全体を変えたりする力がある

というのは思い過ごしだ。金融の正常化や産業構造の変革、規制改革と、社会保障制度改革が求め

られている」と畳みかけた。

 

副総裁人事の有力候補

 令和臨調の記者会見で注目を集めたのは、平野氏の隣に並んだ もう1人の共同座長で

日本総合研究所理事長の翁おきな百合氏だ。日銀出身で、金融システムや社会保障の専門家でもある

翁氏は、政府が 今月にも示す日銀の次期総裁、副総裁人事の有力候補の一人と目されているからだ。  翁氏は 13年の共同声明について、「 残念ながら、結果はあまり出ていない。この10年の取り組み

を検証して、新たな連携の在り方を考える必要がある 」と強調した。令和臨調の提言では、2%の

物価上昇目標を「長期的な目標」に位置づけることや、政府と日銀の共通目標に賃金上昇を盛り込む

ことなどを提案している。

   翁氏は「 政府は、歳出入改革で持続的な財政構造を確立する。成果が限定的だった要因の分析と

検証を進め、戦略的、効果的な財政支出や構造改革を加速させることで、生産性向上と、それに

裏付けられた賃金上昇を目指すことを約束してもらう必要がある。日銀は金融政策の柔軟性を取戻し

ながら、目標に向けて、しっかりと取り組むことが重要だ」と説明した。 

 

 金融政策の修正に前向きな翁氏の発言を受け、エコノミストからは「 翁氏の名前が国会に副総裁

候補、あるいは総裁候補として提示されれば、金融市場では日銀の政策修正を一気に意識した動きが

広がる可能性もあるだろう」(BNPパリバ証券の河野龍太郎氏)との見方も出る。

 

国民とのコミュニケーション力

 会見で両氏は、今後の金融政策の難しいかじ取りを迫られる次期日銀総裁候補に求められる資質

にも言及した。平野氏は「 第一に、金融政策のプロであること。今の金融政策は極めて複雑で、

変えるとなると 相当深い金融政策に関する知識と経験が必要だ。 2点目は、政府との連携能力。

3点目は グローバルな能力。金融政策の世界は完全にグローバルになっている。4点目は 胆力。

本当に難しいこれからの運営に耐えられるだけの胆力が必要だ」。

    翁氏は「 市場とのコミュニケーションと、国民からの信頼が得られること。国民に対しての

コミュニケーションをしっかりとることは大事だ」と加えた。

 

  異次元緩和の10年間で、財政の金融依存や、経済の新陳代謝の遅れなどさまざまな副作用が

あらわになった。岸田文雄首相は、日銀の次期総裁に誰を選び、共同声明の見直し、ひいては

アベノミクス」の修正に動くのか―。  答えが示される日は近づいている。

                                                                                                 (石田剛)