医師が証言「羽田空港関係者の感染が増加」の悲鳴 

               東京五輪に伴う人流増加の影響が懸念される 

                                      高橋 浩祐           東洋経済オンライン     2021/07/27 

 

    日本人選手が続々と金銀銅のメダルを獲得し、2度目の東京五輪の歴史を刻んでいる。 その一方、

東京都の新規感染者数が 連日1000人を優に超える中、医療現場が逼迫してきている。

都内の入院患者は 7月上旬の1500人台からわずか4週間足らずで 2700人台に急増。 保健所で

入院先を決めきれず、都に入院調整が持ち込まれる 1日当たり件数も 1カ月前の50件から184件へ

と 3.7倍も増えた。 東京都の検査の陽性率も 10%を超え、感染爆発のステージ4を示している。

   危機感が高まる中、五輪関係者の感染拡大も問題になっている。東京五輪・パラリンピック競技大会

組織委員会によると、7月1日以降の累計感染者数が 148人にのぼる事態となっている(7/26時点)。

 

 こうした中、今度は 海外から大会関係者を迎え入れる玄関口、空港従業員の感染者の増加が

懸念され始めた。 

羽田空港近くの病院に勤務するある医師は「 羽田空港従業員の新型コロナ感染患者が増えている 」

と証言する。 羽田空港は、成田空港と並び、五輪の選手団や大会関係者らを 大勢迎え入れている。

  空港の第一線で活動する人が感染

  この医師は羽田空港のある東京都大田区内の総合病院で ワクチン外来や発熱外来を担当している。

医師によれば、7月上中旬から、羽田空港内のレストラン従業員や、帰国者を案内するグランドスタッフ

など 空港の第一線で活動する人々の間で 新型コロナ感染患者が増えているという。

   医師は 26日、筆者の取材に対し、こう話した。

「 私が発熱外来に入った7月中旬、3人の方を PCR検査したら 2人が陽性でした。うち1人が 羽田空港

で働いている方でした。 その前の週から 明らかに 陽性者数が増えていて、毎日1人は PCR検査で

陽性が見つかっていました。羽田空港関係者の割合が多い というのは看護師からも聞いています 」

 

   この空港近くの総合病院で、空港関係者のコロナ患者が増え始めたのは、ちょうど海外から メディア

や選手団、大会関係者らが 羽田空港に 既に本格的に到着していた時期と重なる。

  菅首相は 7月26日に発売された月刊誌『Hanada』のインタビューの中で、東京五輪開催によって

新型コロナの感染が拡大する との批判について、「 ワクチン接種者数が極めて順調に増えているため、

その懸念はあたらないと思う 」と述べた。

  これに対し、この医師は 「 時期的に 東京五輪に伴う人流増加で、羽田空港関係者の感染が増え

ていると考えられます 」と指摘する。

   筆者が 羽田空港のある大田区感染症対策課に電話取材したところ、1日当たりの新規感染者は

7月1日時点では 23人だったが、7月20日時点では 3倍近くの68人に増えている。

なお、筆者は、羽田空港近くにある複数の他の病院にも 電話取材を試みたが、電話が通じなかったり

、電話が通じても 患者の守秘義務を理由に断られたりした。

  羽田空港の「バブル方式」は こんなにも緩い

  そもそも 政府や東京五輪・パラリンピック競技大会組織委員会は、新型コロナの感染拡大防止策

である 「バブル方式」の脆弱さも、多く指摘されてきた。

「バブル方式」は、海外からの選手や大会関係者を 一般市民と接触させない というもの。 菅首相も

「 選手、関係者は 一般国民と交わらない 」と強調してきた。

 

   しかし、このバブルは 選手団入国時の羽田空港で 事実上、崩壊している

筆者は 海外選手団の来日が ピークを迎えていた 16日、彼らが到着する羽田空港第3ターミナル

国際線到着ロビーを取材している。

到着ロビーを訪れると、狭い場所で 人がごった返していた。 数え切れないほどの大勢の英国と米国

の選手団が 筆者の目の前をゆっくりと歩いて 通り過ぎて行った。選手団は スタンション(仕切り棒)で

つながれた青いベルト2本の間を進んでいった。それが 選手団にとっての導線(通路)になっていた。

    しかし、すぐその隣には、スーツケースを引いて歩く 一般客の姿も多く見かけられた。

筆者が想像していた 「バブル方式」とは 正直かなりかけ離れていた。 ベルトを越えて違うレーンを

歩いてはだめよ、といった 単なる便宜上の区分程度の分け方だった。

   また、スタンションで仕切られたベルトの導線は、視覚障がい者用の誘導ブロックを通すため、

ところどころ繋がっておらず、途切れている。 このため、選手団が通った後 すぐに 一般客が同じ場所

を通るという 「入り交じり」 が生じていた。

 

   到着ゲート前にある交通案内所の受付の女性と しばらく雑談した。 十分に打ち解けてから

「 これで本当に バブルと言えるのでしょうか 」と問うと、「 紐一本の仕切りですからね。こんなに近くで

同じ空気も吸っていますし 」 と心配そうな表情で話した。

この女性は モデルナのワクチン を まだ1回しか接種していないという。「 こんな近くで働いているのに、

ワクチンが まだ一回とは 雇用者責任が問われますね 」と問うと、女性は「 ええ 」と苦笑するばかりだ。

   この受付女性が心配する理由は よく理解できるだろう。 新型コロナは エアロゾル(空気中に浮遊

する固体や液体の粒子のこと)によって感染することが分かっているからだ。感染症の専門家は ウイルス

を含むエアロゾルを吸い込みやすくなる3密(密閉、密集、密接)に注意するよう呼び掛けている。

 

  本来は、水族館にあるような水槽で囲まれるような選手団専用の通路があればよいのだが、

それは 羽田空港では 物理的に無理だ。

海外のスポーツイベントでも バブル方式は採用されているが、そちらは どうなっているのか。

  今年1月に エジプトで行われたハンドボール男子の世界選手権が参考になる。朝日新聞の2月9日

の記事によると、ハンドボールの日本代表団が「 空路で カイロ入りすると、滑走路には すでにバスが

待っていた。数歩で乗り込むと、ホテルまで運ばれた 」という。

「 空港に着いてから、バブル以外の場所は、ほぼ踏んでいないですね 」。ハンドボール日本代表の

主将、土井レミイ杏利は こう明かしている。

   日本の 「バブル方式」 は エジプトと比べて、あまりにも緩い。 残念ながら、羽田空港関係者に

感染者が増えている との証言にも 納得感がある。

  大田区には 保健所が1カ所しかない

  夏休みや五輪を迎え、羽田空港以外でも 人の移動や接触が増えている。 お盆の帰省シーズンに

なれば 人流は加速するだろう。

「 人口70万人余りを抱える大田区には、保健所が1つしかない。PCR検査も感染経路の追跡も全然

追い付いていない。猛暑による熱中症対策も大変だ。 正直、オリンピックどころではない。過労などで

メンタルがやられている医療従事者も多い 」。 前述の医師はこう強く訴えた。

医療提供体制が逼迫する中、こうした状況を直視せず、五輪を強行し続けるのは、無謀という他ない。

  その行為のツケを払うのは、現場の医療従事者であり、一般の国民だ。

「 何が何でも五輪開催 」ではなく、人々の命と安全と健康が 何よりも最優先ということを、日本政府と

国際オリンピック委員会は 本当に理解できているのだろうか。