https://bunshun.jp/articles/-/7023             小野 展克

「人員・店舗・預金」の3つの過剰が銀行の足枷に

 

 「 約100人の同期のうち、すでに 50人ほどが銀行を去りました 」

 こう語るのは 有力地銀で 入行8年目のA氏30歳。 有名国立大を出て支店での個人・法人営業も経験、

企画セクションで 社長直轄の戦略立案を担ったこともある。

「 金融商品のノルマに嫌気がさした人も多かったのですが、結局、安定していると思っていた銀行の将来

が見えないことに不安を感じた人が退職したのだと思います。それが証拠に 転職先は 地元の県庁や

市役所など公務員が圧倒的に多いです。もはや 銀行は安全志向の人のための職場ではなくなりました 」

  かつて 就職市場で 銀行の人気は抜群に高かった。その背景には、給与の高さに加え、その「安定性」

があった。つまり 高給で「 潰れない会社 」だと思われてきたのだ。

 しかし、それも すっかり過去の話だ。 銀行は、今、大転換期を迎えている。

 

銀行は「安定性」を演出

 預金者から資金を集め、企業に融資する銀行融資は、「 お金を借りる人(企業) 」と「 お金を貸す人

(預金者) 」の間に 第三者(銀行)が存在するという意味で 「間接金融」と呼ばれ、高度成長期にはうまく

機能し、銀行と企業は 「 長期に安定的な関係 」を築いた。 だが、一見 「安定的」に見える間接金融

も、実は、決して リスクの低いビジネスとは言えない。自己資金の何倍ものお金を企業に貸し出す以上、

企業からの返済が滞れば、とたんに 屋台骨が揺らぐからだ。貸出債権の価値も、企業の返済余力に左右

されるので 外側からは見えにくい。 だからこそ 銀行は、「 安定性がある 」「 信用がある 」と顧客や市場

や世間に思いこませる必要がある。

 事実、メガバンクは、巨額の貸し出し資産、数万の行員を擁し、大手町や丸の内の一等地に 巨大な

本部ビルを構える。多くの銀行員は 高学歴で、スーツを生真面目に着込む。 これらは いわば銀行の

「安定性」と「信頼性」を演出する舞台装置だ。

  しかし、だからと言って 銀行の経営が実際に安定しているとは限らない。最近でも 日本のバブル崩壊

後の不良債権問題や米リーマンショックなどで 金融は危機にさらされた。

 

 ただ、こうした金融危機に際しても、多くの銀行は、「 経済を安定化させる 」という大義名分の下に投入

される公的資金によって救済された。「 だから、銀行が潰れることはあるまい。最後は 政府が公的資金

で救ってくれる 」 ―― 恐らく こんな見方も「 銀行は潰れない 」という神話の根拠になっているのだろう。

 だが、今後も通用するとは限らない。

 

来店する人の数は、ここ10年で2割~3割減

 しかし、そのことよりも 銀行にとって より重大な問題がある。それは、これまでの銀行のあり方が、

そもそも ビジネスとして 限界を迎えているのかもしれないということだ。

 試しに 駅前の銀行の支店をのぞいてみれば 気づくだろう。 そこに、かつてのにぎわいはない。ある

メガバンクの幹部は こう嘆く。

「 ネットやスマホの利便性が高まり 店舗に来店する人の数は、ここ10年で 2割~3割は減りました 」

 

 銀行を取り巻く ビジネス環境の激変に危機感を抱くメガバンクは、人員削減計画を相次いで発表している。

たとえば みずほ フィナンシャルグループ (FG)は、2017年11月、組織構造を大幅に見直す計画を発表した。

7.9万人の行員のうち 1.9万人を 2026年度末までに削減、約500店ある店舗も 24年度末までに 約100

店舗減らすという。三菱UFJフィナンシャル・グループ と 三井住友フィナンシャルグループも、これに追随し、

3メガバンク合計で、3.2万人超の人員が削減されることになった。

 

二つの方向から挟み撃ちに

 しかし、これだけ 大規模な人員削減でも まだ不十分だという。別のメガバンク幹部はこう話す。

「 住宅ローンや決済手数料など 従来型の個人取引で 収益を伸ばす余地は、ほとんどありません。

人員は、まだまだ だぶついています 」

 整理すれば、従来の銀行ビジネスは、二つの方向から挟み撃ちにされている。

一つは、間接金融という仕組み そのものの限界だ。これは 銀行だけではなく、これと 表裏一体である

個人や企業のあり方とも関わる問題である。 つまり、バブル崩壊以降に顕著になった、リスクを回避して

銀行に 全資産を預金したがる個人のあり方、技術力などを持ちながら 成長への意気込みを欠いた企業

のあり方とも 密接に絡み合っている。

 もう一つは、金融業務のデジタル化による革新、フィンテックがもたらす影響だ。 とくに 仮想通貨を生み

出したブロックチェーンという 新たな技術が、銀行のビジネスの核となる信用のあり方を根本から作り変え

ようとしている。

 間接金融の限界と技術革新の波という二つの要因によって銀行の将来が見えなくなっているのだ。

 

貸出先がない膨大な銀行預金

  「 このままでは 銀行は スマートフォンのアプリの一つになりますよ 」

 こう指摘するのは、三菱UFJフィナンシャル・グループの元副社長で、コンサルティング会社PwCインターナショナル

のシニア・グローバル・アドバイザーである 田中正明氏だ。

「 巨額の資金が、ほとんど リターンもないまま銀行に眠っています。預金を集めて融資するデット・チェーン

(負債の連鎖)を断ち切り、預金を投資商品にシフトさせ、企業に株式などの形でリスクマネーを供給する

インベストメント・チェーン(投資の連鎖)の仕組みに切り替えないと日本の金融に未来はありません。

資本市場の厚みがないことが 日本の成長を鈍化させています。メガバンクや地銀といった従来型の

]単純商業銀行モデルは、もはや 陳腐化してしまいました 」

 

 日銀の金融システムレポートによると、2012年12月から2017年8月の約5年で、銀行に持ち込まれた

預金や譲渡性預金(NCD)は 131兆円も増え、日銀当座預金を中心とする現金・預け金は 191兆円も

積み上がった。つまり 預金は これだけ膨大に積み上がっているのに、銀行は こうした資金を ほとんど

有効活用できていないのだ。

 個人は、余剰資金を ほとんど金利が付かない銀行に預金している。融資先を見つけられない銀行は、

集まり過ぎた預金に手を焼き、だぶついた資金を銀行同士でやり取りするためだけの日銀の口座で眠ら

せている。

銀行としては、元本保証で集めた資金は リスクにはさらすことはできないから、有望なビジネスでも、担保

を持たないベンチャーには簡単には融資できない。こうした銀行のあり方は、企業が思い切った資金調達

で 果敢な経営に挑まず、低収益の経営に胡坐をかいていることや個人がリスクの高い資産運用に躊躇

していることと裏腹な関係にある。

 つまり、預金という元本保証の仕組みでお金を集め、企業に貸し出す間接金融の仕組みが もはや機能

していないのだ。田中氏の言う 「デット・チェーン」が資金の流れを滞らせ、日本経済を停滞へと導いている。

 実際に企業向け融資は、稼ぐ力を失いつつある。みずほFGの2017年第3四半期の国内大企業向けの

貸出スプレッド(利ザヤ)は、わずか0.49%。1億円を融資しても、49万円しか稼げていない。他のメガバンク

でもほぼ同水準だ。

「 収益も資産も健全な大企業だと、利ザヤが 0.07%~0.08%というケースもあります。とても商売に

なりません 」(メガバンク幹部)

 増えすぎた預金によって 銀行間の貸し出し競争が激化し、金利の値下げ圧力が強まっているのだ

メガバンクの幹部は、苦しい現状を明かす。

「 情報や戦略など付加価値が提供できなければ、法人のお客様との取引は続きません。わずかな

利ザヤですが、それすら コンサルタント料の対価だと考えています 」

 

デフレ要因の一つは、デット・チェーンの存在

 しばしば 「 日銀のマイナス金利政策が銀行の利ザヤを圧迫している 」と指摘される。しかし、それは

表面的な説明で、原因と結果を取り違えているのではないか。むしろ 根本の問題は、デット・チェーンの

くびきがイノベーションの生成や生産性の向上を妨げていることだ。日本を 物価が持続的に下落する

デフレに陥らせた要因の一つは、デット・チェーンの存在だ。

  マイナス金利は、根強いデフレへの処方箋として 日銀が 採用に追い込まれた金融政策であって、

デット・チェーンこそが マイナス金利を生み出した魔物なのである。このなかで とくに銀行が、デット・

チェーンの温存に大きく寄与している。優秀な人材をフル稼働させて、すでに時代にそぐわない間接金融

の仕組みを温存させているからだ。

 

 経営共創基盤代表取締役マネージングディレクターで 金融庁参与の村岡隆史氏は言う。

銀行は、人員、資産(店舗・システム)、預金という三つの過剰の膿出しが、まだ終わっていません。

負の遺産を一掃すると同時に、稼ぐ力を付けなければいけません。ただ これは、従来型のビジネスモデル

の効率化だけでは不十分です。銀行業を中抜きする産業や資金の流れは加速します。従来の銀行業の

枠組みを超えて、顧客との新たな共創事業モデルを創らないといけません。

  そのためには 組織のあり方、人材育成方法も 抜本的に見直すことが問われています。安易な低金利

競争をしている時間的猶予はありません 」

 

   かつては 信頼感で結ばれた銀行と企業の関係も、今日では すっかり冷え込んでいる。前述した地銀

のA氏は言う。

「 法人の取引先に、うちの銀行を『 他のお客様に紹介したいですか 』とアンケートで質問をしたところ

否定が約半分、やや否定的も加えると 8割を超えました。銀行は、お客様に信頼されていないんです。

社長もショックを受けていました。バブル崩壊後の不良債権処理の過程で、貸しはがし、貸し渋りをした

ことで 『いざという時に頼りにならない』 と企業に思われているんです 」

 

 銀行と個人との関係も歪み始めている。

当面の収益目標達成のため、投資信託などの厳しい販売ノルマを現場に課している銀行が多い

メガバンクの若手行員B氏は言う。

「 銀行の営業マンから金融商品を購入するのは 『銀行なら安心だろう』 と考えている高齢者が多い。

そのため値が下がって損失が出ると トラブルになるケースも 稀ではありません。ノルマもきついですが、

銀行の信用を悪用しているかのような罪悪感も現場を苦しめています 」

 

投資家が企業に効率的な経営を求めていく必要がある

 銀行と企業や個人との信頼関係は 崩れ、どちらにも 利益を生み出していない。銀行を中心としたデット

・チェーンが 日本経済の負のサイクルを加速させている

 では、どうすれば、この負のサイクルを断ち切れるのか。 そのためには、日本の経済構造全体を

間接金融中心から直接金融中心に移行させるしかないだろう。

 まず 機関投資家が、株主総会での議決権行使などを通じて、企業に効率的な経営を求めていく必要

がある。投資家からの監視と圧力で 企業の稼ぐ力が高まれば、株価の持続的な上昇が期待できる。

株式市場の魅力が高まれば、資金は 預金から株式市場に流れ出す。そして 株式で調達された資金が、

起業への挑戦、企業がイノベーションを現実化するための潤滑油の役割を担う。

 こうなれば、デット・チェーンは 緩み、新たに インベストメント・チェーンが生まれ、日本経済は活力を

取り戻すことができるだろう。

 

 では、こうした流れの中で銀行はどんな役割を担えばよいのか。

 田中氏は、既存の投資信託だけでなく、銀行が取り扱いやすく、個人顧客のニーズにも合った新たな

金融商品の普及を提言する。

「 三菱UFJの副社長時代に 『市場性商品総合口座』の導入を検討しました。国債や格付けの高い

社債、投資信託など、安全性が比較的高い金融商品を組み込むとともに、それらを担保にした 随時の

借り入れを可能にすることにより、流動性も提供する、という商品です。担保掛け目は 7~8割のイメージ

でしょうか。 1000万円の商品なら 700~800万円までは 通常の預金のように引き出せる。お客様にとっ

ては、預金よりは 高いリターンが期待できるとともに、流動性があるので 金融商品の長期保有にも資する

と考えました。 預金からシフトする分については、銀行が 預金保険料や資本規制から解放されます。

こうした商品があれば 預金を投資商品に移せると考えました。

   しかし 担当のリテール部門から 『 システム投資が莫大になります 』などと反対されて頓挫しました。

国民の資産形成のため、こうした商品が必要だという考えは 今も変わりません。

例えば、政府が かつてのマル優のような優遇税制を作って、こうした口座を普及させ、インベストメント・

チェーンへの転換を後押ししてはどうかと考えています 」

 こうした提言は、今後の銀行改革の方向の一つを示すものだろう。 だが、銀行が抱えている難題は

間接金融の限界だけではないのだ。

 

銀行業務を代替する技術革新

 銀行を襲うもう一つの脅威は、技術革新の波だ。

 銀行は、貸し手と借り手を仲介する 「金融仲介機能」、手元の資金の何倍もの融資を実行する「 信用

創造機能 」、口座振替、送金を担う「 決済機能 」という三つの機能を果たしてきたが、これらの機能は、

いずれも「 豊富な情報力を使って貸出先の信用を見極められる 」という 銀行自体の「信用」によって

支えられてきた。しかし フィンテックは、従来の銀行が果たしてきた こうした機能を一挙に代替してしまう

可能性があるのだ。

 フィンテックの進展によって、個人や法人の信用力を測る方法は すでに多様化している。 例えば 

中国では、個人の信用力を点数で評価する 「芝麻信用」 が広がっている。

 芝麻信用は、中国で利用者が 5億人を超える電子マネーアリペイを運営するアリババ系列の信用調査

会社だ。 クレジットカードの支払い遅延の有無、買い物や金融商品の購入履歴、資産、学歴、職歴、

交友関係まで幅広い観点から個人の信用力が点検される。デジタルな取引で蓄積されたビッグデータが

活用され、個人の信用力は、350~950点のスコアで点数化されるという。スコアが高いと、借り入れ金利

が優遇されるだけでなく、ホテルで宿泊する際のデポジットが不要になるなど、さまざまな優遇措置を享受

できる。さらに 海外渡航のためのビザの発給手続きが迅速化されるなど 国からもメリットが与えられる。

「 中国では プロポーズする際に、相手の両親にスコアを見せるケースも多いそうです。国家とも データ

共有しているので 万引き、信号無視でもスコアが下がると言われています 」(メガバンク幹部)

 

 
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