怖いのは感染症だけでなく消費増税の継続だ
                   2020/03/27          中野 剛志

 新型コロナウイルスは、グローバリゼーションがもたらす「負の側面」を浮き彫りにし、「国家」の役割が

 再注目されるきっかけにもなっている。このような時代にあって、国家は どのようなポイントを注視すべきなのか。
 著書『富国と強兵』で、ポスト・グローバル化へ向かう政治・経済・軍事を縦横無尽に読み解いた中野剛志氏が論じる。

 

 

「新型コロナ」以前から世界経済は後退局面

 大和総研が 3月6日に発表した試算よると、新型コロナウイルスの流行が 仮に4月までであった場合でも、

実質GDP(国内総生産)は 0.8%のマイナスとなる。

しかし、感染の影響が 今年2月から 1年程度継続するとした場合、個人消費は 約12兆1000億円抑制され、

実質GDP(国内総生産)は 16兆3000億円減少して、マイナス 3.1%になる。 これは、2008年のリーマン・ショック

による マイナス 3.4%に匹敵する規模である(「新型肺炎拡大による日本経済への影響度試算」)。

 

 これでも まだ、WHO(世界保健機関)が パンデミックを宣言する以前の試算にすぎないのである。

そもそも、新型コロナウイルスが発生する前から、世界経済は後退局面にあった。

IMF(国際通貨基金)の世界経済見通しによれば、2019年の世界経済の成長率は、推計 2.9%(世界経済

見通し2020年1月改訂)である。 これは、2017年に 3.8%だったのと比較すると 著しく低いだけでなく、

世界金融危機以降で最も低い水準である。 とくに、中国をはじめとする新興国経済の成長鈍化が顕著だった。

 

 もちろん、日本経済も 景気後退局面に入っていた。それにもかかわらず、昨年10月に消費税率が 2%引き

上げられたのである。その当然の結果として、2019年10~12月期の実質GDPは、前期比 マイナス 1.8%、

年率換算で マイナス 7.1%と 激しい落ち込みを見せ、とりわけ、個人消費と設備投資の減少が著しかった。

  2014年に消費税率が引き上げられた際も、同様の落ち込みはあったが、それでも 当時の世界経済は好調

であり、日本経済は 外需によって 多少なりとも救われた。

  また、2008年のリーマン・ショックの時は、その前年まで、世界経済は好調であり、それに伴って日本経済

やはり好調な外需に支えられていた。

  他方、1997年の消費税増税の際は、その直後に アジア通貨危機が勃発したため、日本経済は危機的な

状況に陥り、金融危機が招来された。

 

 そして、2019年10月の消費税増税は、世界経済と日本経済の景気後退局面において断行されたという点

において、過去の消費税増税時とは 際立って異なっている。  しかも、その直後に、新型コロナウイルスによる

不況が、中国、日本 そして 世界を襲ったのである。

これは、1997年の消費税増税時よりも、さらに 性質が悪い。

 

 目下、人々は パンデミックの勃発に目を奪われているが、現在、日本経済が被っている経済的な打撃は、

新型コロナウイルスによるものだけではない。 その前に、すでに 実質GDP マイナス 7.1%(年率換算)という

深刻な不況に陥っていたのである。 その原因は、言うまでもなく、景気後退期の消費税増税である。

 言い換えれば、消費税増税によるデフレ圧力が、新型コロナウイルス による打撃を増幅したということである。

例えるならば、消費税増税によって体力を奪われ、抵抗力がひどく弱っているところに、新型コロナウイルスに

感染したようなものだ。

 したがって、仮に、新型コロナウイルスが 早期に制圧されたとしても、消費税増税による不況の影響は、継続

する。しかも、消費税は、継続的に 消費を抑制し続けるのである。

 

金融危機の「予兆」と民間債務

  さらに、とくに気を付けなければならないのは、今回の新型コロナウイルスが 金融危機の引き金を引くという

シナリオである。

リーマン・ショックなど 過去の金融危機は、金融面におけるショックが 実体経済へと波及した。 しかし、

今回は、パンデミックが まず世界経済の実体面に ショックを与え、それが 金融面に波及して金融危機を

引き起こし、その金融危機が さらに実体経済に ショックを上乗せで与えるという、さらに悪質な経路となる。

 

   なぜ、金融危機を懸念しなければならないのか。

それは、過去数年間で、中国など 主要国を含む いくつかの国や地域で、金融危機の予兆があったから

である。

リチャード・ヴェイグは、過去の金融危機の例を分析し、対GDP比民間債務が 5年間で 18%程度増加し、

150%を超えると 金融危機が起きるという仮説を立てている。

例えば、2008年のリーマン・ショックでは、2002年から 5年間で 対GDP(国内総生産)比の民間債務が 20%

増え、170%に達した。日本のバブル崩壊では、1985年から 5年間で対GDP比民間債務は 28%増え、213%

に達した。ほかの金融危機の例でも 同様の傾向がみられるという。

   ただし、ここで問題になるのは、民間債務である(The Next Economic Disaster: Why It's Coming and How to Avoid It)。自国通貨建ての政府債務は、関係ない。 なぜなら、自国通貨建て政府債務は、デフォルトすること

がありえないからだ。

 

 さて、現在、対GDP比民間債務が、① 5年間で 18%程度増加し、② 150%を超える国は、どこか。

①②の両方に該当するのは、香港、カナダ、中国、フランスである。 シンガポールも、その数字に近い。

なお、アメリカ と 日本は、②のみ該当する(DEBT ECONOMICS「Review the data」)。

これらの国や地域、とりわけ 香港、カナダ、中国、フランス、シンガポールでは、バブルが発生していた可能性

が高い。

 

  民間債務比率が高まった経済は、ショックに対して非常に脆弱である。

例えば、100万円の投資では、株価が 10%上昇すると、10万円の利益が得られる。 もし投資家が、500万円

の借金をして 手元資金を600万円に膨らませるという レバレッジをかけると、株価の10%の上昇は、60万円

の利益をもたらす計算となる。 したがって、もし、株価が 10%上昇する可能性が高いのであれば、500万円

の借金をして投資をする 「レバレッジ」は、確かに経済合理的な判断だ。

 

 しかし、もし 実際の株価が 10%下落したとしたら、どうなるか。

レバレッジをかけていた投資家は 60万円の損失を被ることになる。さらに 500万円の借金をしていたので、

その利息分も含めると、手元に残るのは 40万円以下だ。

このため、この投資家は、手元資金を確保する必要に迫られて、保有していた資産を売り始めるだろう。

これが、レバレッジとは逆の 「デレバレッジ」である。

 

  もし、多くの投資家が レバレッジをかけていた場合、デレバレッジが 市場全体で一斉に始まることになる。

その結果、資産価格は暴落し、金融市場はパニックに陥る。

金融市場にパニックが広がると、多くの投資家が ファンドから資金を引き揚げようとし、ファンドは 資金を返却

するために 株式を投げ売りし、株価が暴落する。 また、多くの預金者が 同時に預金の引き出しに殺到する

ので、健全な銀行であっても 預金の返還に応じられずに破綻する。 これが、金融危機のメカニズムである。

 

  このメカニズムを作動させるトリガーを、新型コロナウイルスが引いた可能性があるのだ。そして、過去の例

で見ても、資産バブルの崩壊に端を発する不況は、長期化する傾向にある。

 

最悪を想定すべきは経済

  金融危機が どこで勃発するのかについてまで 正確に予測することは難しいが、金融のグローバル化が

進んでいるので、どの国で勃発しようが、それは 世界全体へと波及する。

目下、特に懸念されるのは、昨年から ジャネット・イエレン前FRB議長国際決済銀行 も警鐘を鳴らす、

CLO市場の急拡大である。 CLO(ローン担保証券)とは、レバローン(信用度の低い企業に対するローン)を

裏付け資産とする証券化商品であり、その市場が リーマンショック前夜と同水準にまで拡大していた。

そのCLO市場の崩壊が経済危機を増幅するリスクが高まっているのだ。

 

  また、ユーロ加盟国の場合、政府債務は ユーロ建てであって 自国通貨建てではないから、民間債務と

同様、政府債務も デフォルトのリスクを抱えている。 しかも、イタリアなど財政に問題がある国ほど、医療体制

が脆弱であるため、感染拡大が深刻になり、経済への打撃も大きくなるので、財政破綻のリスクが より高い。

  そして、日本の金融機関も、長期に及ぶ超低金利のため、収益が悪化し、レバローンを買い進めたため、

脆弱性が高まっている。

日本銀行「金融システムレポート」(2019年10月)によると、銀行の資金利益(資金運用で得た利益-資金調達

費用)は、リーマン・ショック後を 下回っている。

また、邦銀による レバローンの引受額が、2013年以降、急増し、米欧の金融機関をはるかに上回っている

ということである(「週刊東洋経済」20年3月21日号)。CLO投資についても、特に農林中央金庫とゆうちょ銀行

が急増させていた。

 

   感染症対策やリスク・マネジメントの専門家たちは、しばしば 「最悪を想定せよ」と説く。 しかし、経済に

関しては、政府は、最悪を想定しているのであろうか。