為替フォーラム   2020年3月25日

コロナ後の世界、パラダイムシフトか 

                       上野泰也 みずほ証券 チーフマーケットエコノミスト

 

 [東京 25日] - ダウ工業株30種平均.DJIの前営業日比変動幅を見ると、3月に入ってから 200ドルを

超える幅で上昇したのは 6日、200ドルを超える幅で下落したのは10日である (24日現在)。 

日経平均株価.N225についても 同様にカウントしてみると、200円を超える上昇は4日、200円を超える

下落は8日である(同)。

 

 新型コロナウイルス 感染拡大という 全く新しいタイプの危機に直面して、世界中の金融市場が動揺している。 

値動きは 連日大きなものになっており、ボラティリティーの上昇がリスク量の半強制的圧縮につながる場面

も見られた。

  現金化ニーズを背景とする株式と債券の同時安、金利動向とは無関係に進むドル高など、金融市場の

コンディションは 平時とは大きく異なっている。市場が正常化するまでには、まだ、時間がかかりそうである。

  感染拡大を防ぐための大都市圏 または 全土の ロックダウン (封鎖)など、中国だけでなく 西側民主主義諸国

やインドでも、ウイルス感染封じ込めのための果断な対応策が取られつつある。

 

 今回の新型ウイルスは、気温がかなり高い中でも 感染力を維持している可能性があり、封じ込めには まだ、

かなりの時間が必要だろう。 とはいえ、将来のいずれかの時点で 感染拡大が峠を越えて 終息に向かうと

みておくことに、そう大きな無理はない。

 

<ウイルスに耐性>

  問題は、その先に どのような世界が待っているのかだ。 少し気が早いのかもしれないが、「コロナ後」の

イメージを描いておくことは 無駄ではあるまい。

   まず、考えなければならないのは、今回のウイルスに有効な治療薬やワクチンが治験を経て実用化された

として、それで 「コロナは 一件落着」 という話になるのかという点である。  ウイルス感染症の一種である

インフルエンザの治療薬には、タミフルとゾフルーザがある。 毎年 きちんと予防注射をしていたものの、筆者は 

年末年始にA型にかかってしまった。仕事始めが近かったので医師に ゾフルーザの処方を希望したものの、

あっさり断られてしまった。 ゾフルーザは 確かに即効性があるが、これを乗り越える力のある耐性ウイルスができて広がってしまうと困るので、医師間の申し合わせで、ゾフルーザは できるだけ処方を避けているという。

   調べてみると、河岡義裕東大教授らのチームが 昨年11月、英科学誌で発表した内容が報道されていた。ゾフルーザを服用した際に 体内に生じ、薬が効きにくくなる 耐性ウイルス に、耐性のない 通常のウイルスと

同程度の感染力や症状を引き起こす力があることを動物実験で確認したという。

 

 新型コロナウイルス についても、仮に 治療薬が迅速に開発されたとしても、上記のインフルエンザ と同じような話に

なってしまうリスクがあるように思う。 インフルエンザ のウイルスと予防注射するワクチンの関係は いたちごっこ

で、ワクチンは 年を追うごとに強いものになっているとも聞く。ウイルスは進化する。

 

<ライフスタイル、大変化か>

   次に考えるべきは、ライフスタイルの変化の有無だろう。新型コロナウイルス により、欧州で 最も深刻な事態に

陥った国は、現時点では イタリアである。財政緊縮を背景とする医療体制の不十分さを指摘する声もあるが、

感染者が激増した背景として、キスやハグなど身体的接触が濃密であることの影響を指摘する向きも少なく

ない。

  「コロナ後」には、ラテン的な気質からの一種の割切りで、すっかり元に戻るのか。それとも、トラウマのような

ものが残り、これまでとは変わってくるのか。現時点では結論を出しにくいが、少なくとも 若年層は 後者では

ないかと、筆者は考えている。

 これは1つの例だが、ライフスタイル の変化が 世界のさまざまなところで、大なり小なり生じてくるのではないか。

 

<消費は戻るのか>

   日本では、今回の件をきっかけに テレワークによる在宅勤務という新しい勤務形態の普及が加速するなど、

人々の働き方に影響が出てくる部分があろう。

    また、「巣ごもり消費」 をよしとする人々の増加を想定することもできる。政府は 状況が落ち着いた段階で、

ウイルスの件で  ダメージを受けた旅行や外食といった分野における消費を喚起すべく、 金銭的な支援を

経済対策の中で行う方向と報じられている。蓄積した需要が表に出てくること(ペントアップデマンド)もあり、

これらの分野が 一時的に活況を呈することが十分考えられる。  

   けれども、その後は どうだろうか。インバウンドを含め、「コロナ前」の状況まで完全に戻るのは、なかなか

難しいのではないか。

 

<下がったままの金利、運用難深刻に>

   金融市場は どうか。株価への配慮が強く感じられる米連邦準備理事会(FRB)をはじめとする各国中央銀行

が、大幅な利下げや量的緩和の導入・再開・拡充に動いている。FRBのバランスシートの規模は、未曾有の

大きさへと膨らみつつある。

   緊急対応策と位置付けられるべき こうした措置は、新型コロナウイルス の問題が終息した後、淡々と撤回され

得るのだろうか。金融危機後の経緯も念頭に置きつつ考えると、 「逆戻り」は 極めて困難だと言わざるを

得ない。 米国のゼロ金利やFRBの膨張したバランスシートは 「常態」と化し、市場参加者は それを前提に

して動くことになるだろう。

   短期金融市場に厚みがある米国が、マイナス金利を導入するのは難しい。すでに導入している日欧との

対比では、米国(ドル)の金利面での優位性が わずかながらも保たれるだろうと筆者はみている。 

もっとも、ドル金利の位置が 以前に比べると、はるかに低いところにとどまり続けることは、資金運用担当者

にとっては「パラダイムシフト」と言えそうな、非常に大きな状況の変化と言える。

 

   事態は 時々刻々動いており、どうしても それに目を奪われがちではあるものの、「コロナ後」についても、

折に触れて考えを巡らせておく必要がある。

 

    *本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて

    書かれています。

    *上野泰也氏は、みずほ証券のチーフマーケットエコノミスト。会計検査院を経て、1988年富士銀行に

    入行。為替ディーラーとして勤務した後、為替、資金、債券各セクションにてマーケットエコノミストを歴任。

    2000年から現職。