京都大学学術情報メディアセンター(旧大型計算機センター)の
金澤正憲教授の退職講演とパーティに参加させていただいた。
博士課程と平行して助手として計算機に携わってこられ
メディアセンターと改名する前からセンター長を長く
つとめられてこられた。
計算機を始めて見たのは、関学のころゼミの教室だった
担当教授の部屋でだった。パソコン7,8台もあるような
大きなもので教授は嬉しそうだった。
先生はその頃の計算機からコンピューターに関わって
こられたのだ。
京大での導入とその運用のお話などお聞きしていると
淡々と話される中に、先を見つめた、大枠を見つめた
先見性とリーダーシップを発揮されてこられたのを
感じた。
1995年から立ち上げの京都インターネット研究会の代表として
又、アイキョウトの例会にも講師としておいで
いただき、ネットに関してばかりでなく、物を見る
お力に目を開かされることばかりだった。
「友達の友達は友達」、と言われたのはネットの始まりの
頃だったが、半年ほど前にお訪ねした時は
「友達の友達はアルカイダ」、と軽妙な一言でネットの
特質を言い表わされて思わず微笑んでしまった。
京大金澤先生講演会とパーティー写真集

大型センターと京大とともに30有余年
(講演会のテーマ)
金澤正憲教授の退職講演とパーティに参加させていただいた。
博士課程と平行して助手として計算機に携わってこられ
メディアセンターと改名する前からセンター長を長く
つとめられてこられた。
計算機を始めて見たのは、関学のころゼミの教室だった
担当教授の部屋でだった。パソコン7,8台もあるような
大きなもので教授は嬉しそうだった。
先生はその頃の計算機からコンピューターに関わって
こられたのだ。
京大での導入とその運用のお話などお聞きしていると
淡々と話される中に、先を見つめた、大枠を見つめた
先見性とリーダーシップを発揮されてこられたのを
感じた。
1995年から立ち上げの京都インターネット研究会の代表として
又、アイキョウトの例会にも講師としておいで
いただき、ネットに関してばかりでなく、物を見る
お力に目を開かされることばかりだった。
「友達の友達は友達」、と言われたのはネットの始まりの
頃だったが、半年ほど前にお訪ねした時は
「友達の友達はアルカイダ」、と軽妙な一言でネットの
特質を言い表わされて思わず微笑んでしまった。
京大金澤先生講演会とパーティー写真集

大型センターと京大とともに30有余年
(講演会のテーマ)