★道東塾★

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頭文字D・ArcadeStageを色々な方向から楽しむブログです!

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жマジマжです。

毎回、実践が無く申し訳ありません。皆さん低気圧の影響はどうでしたでしょうか?北海道はかなりヒドイ状況ではありましたが、私の地域では3日ほど陸の孤島となりました。

昔の仲間へコンタクトを取ろうとしているのですが連絡がありません。ほぼ全員が全国大会出場やエリア予選、店舗予選とドライバーネームや顔写真がでていますので、幾分問題ないかなぁと思いますので当時のドライバーネームを出して話していきたいと思います。メンバーで問題ある方は連絡いただければ順次対応していきたいと思いますので宜しくお願いします。

前回までのヒストリーですが、最良のパートナーとは、ヨシキ君です。ヨシキ君は現在ヨシキングというドライバーネームでプレイしています。ちょっと事情がありまして、現在チームには合流していません。初代全国大会覇者であるDEWさんに店舗大会にて秋名下りで勝利した実力者です。
そしてIさんですが、北海道の頭文字Dでは有名な方で戦部さくらさんがその人です。
戦部さくらさんに出会い、他流試合やってなんぼ!という話しを受け、バトル専門のチームを立ち上げました!

「極東道東塾」
極東と道東の2種が入っており意味不明なチーム名ではありますが、当時は藤堂塾みたいな感じで気に入っていましたw現在では極東のみがチーム名となっています。

ヨシキングとコンビを組んで、私がほぼ下り担当でヨシキングが上り担当。当時からダブルエースみたいなシフトを組んでいました。そして、極東道東塾にはデモカーがありましてwキョクトウというエボ3がありました。遠征先では自分のカード+デモカーのレコードを店舗筐体に残すようにしてました。
自分で言うのもなんなのですが、道東エリアではバトルではほぼ負ける事は無く、対戦も地方では避けられるくらいになりました。そんな調子ずいていると叩かれるのが世の慣わしですw
初めて強烈なくらい苦杯を舐めさせられたのが、旭川遠征です。当時の主観ですが、現在のタイムアタック完全上位にいる札幌地域などは、3時代では凄く速い人というのは限られた人だけでした。札幌勢とはあまり面識はありませんでしたので、ドライバーネーム等は避けさせていただきます。旭川遠征の前に札幌からKYOというRX-7乗りが地元に来ました。彼もまたバトル特化の走り屋でバトルのノウハウなんかは彼を最初参考にさせてもらっていました。本題へ!
旭川で当時速かったといえば、やはり「ハヤト」「フクシ」のダブルエースです。フクシ君にあっては全国でも目覚しい活躍をしていましたね!
バトル特化型というのは、ここまでは成功していたと思います。故に自分達のポリシーはタイムアタックで速くてもバトルでは違う!というものでした。事実負けていなかったので持論としては旭川にくるまで間違ってはいないと思っていました。旭川で感じたのは、今もそうだと思いますが、タイムアタックで速い、コース熟知、これらのノウハウと高い理解度が根底にあってのバトル特化!自分達のやってきた事が全て否定された気持ちになりましたwそれくらい速かったです。この敗北があって、新たに自分を見直すため遠征をさらに繰り返していました。
DEWさん所属チームのワープスピードの総本山である函館のセガ系列の店舗に単身で走りに行ったり、北見でバトルしながらチームメンバーを発掘育成したり(育成したメンバーは全国大会店舗予選で見事優勝)帯広のタイムアタック猛者の「おかめ」さんを尋ねて泊り込みで走りこんだり、あげくの果てにはハワイのアラモワナショッピングセンター設置の筐体で外国人とバトルしたりしていましたw
その走り込みというか根性と情熱を買われ、2005/4に極東道東塾が北海道大手走り屋チームの「Project-H]の特別遊撃隊として参入する事となりました。
地元では、戦部さくらさんと供に走りの質を上げたり、つるんで遠征したりと活発に(もともと活発でしたがw)活動していました。

今回はここまで!ヒストリーも次回で最後になると思います。
頭文字D7AAXも、まもなく8∞へと変貌をとげようとしていますが、まだ夏休みで始めた高校生レベルなのでw準備と言わず7でも結果を残せるように走りこめる日はシッカリ走りたいと思います。撮影とかも出来れば頑張る方向ですが、家庭崩壊を起こさぬように徐々に環境を作って行きたいと思います。
3日ぶりのжマジマжです。

家庭を持つと独身だった頃出来ていた事が全然できなくなりますが、やはり子供は可愛いものです!

前回に引き続きヒストリーです!
最良のパートナーであるY君と出会い、その後もお互い削りあうようなバトルを繰り返していたわけですが、よく目にする秋名下りばかりを走りこむ夜だけ現れるオジサン!
さすがに私よりかなり年下のY君では話しかけられず、自分がコンタクトを取りました。その頃私たちが遊ばせていただいていたゲーセンにはセガラリーもありまして、実はオジサン(失礼w)はセガラリーの世界ランカーでして、なぜ田舎に居るのかは今でも謎ですw
そんなこんなで話しに聞く所、北海道ではかなりとゆ~か全国でも北海道ではこの人ってくらい有名な方でした。私が会った頃にはすでに隠居モードっぽく秋名下りのTAばかりな感じを受けましたが、今思いおこせば同じ時間帯にバトル相手が居なかっただけでしたwww
ちなみにファーストコンタクトの印象はかなり最悪でしたwオマエ達みたいな井の中の蛙は5万といるぜ!みたいな感じでしたからw
しかしですねぇ結局それがあったから速くなったとゆ~か強くなりましたね!このIさんもそれを意図していたのかは解りませんが、ここからバトル特化型ランナー2名が誕生する事となりました。

続きはまた次回!

頭文字D7AAX:車両、戦績、TA変化無しw(走りにいけておりません)
子供が寝静まったらyoutubでTA動画みてイメトレw
色々なテクニックもあるみたいですが車を1台フルメンにする事が先決ですね!今フルメンって言わないのか?w
記念すべき初エントリーは当ブログ管理者のヒストリーを簡単に紹介していこうかと思います。

はじめましてжマジマжです。

名前の前後に記号が付いているのは、ドライバーネームそのままです。

私が頭文字D・ArcadeStageを始めたのが2004年くらいからでしょうか?深くは覚えていませんw
シリーズは3からになります。近隣のボーリング場に導入されており、暇つぶしに遊んでいたのですが、色々な出会いがありゲームとは深く関わる事となっていきました。
初めは、EK9に乗車していました。父親がHONDAのディーラーだったというだけの理由ですwそしてブログのタイトルもEK9から藤堂塾を文字って自分の住んでいる地域を盛り込み「道東塾」と名付けました。
最初の出会いは、後に最高のパートナーとなる現チームメンバーとの出会いでした。暇つぶしだっただけに攻略要素もクソもなく、文化的なモノも知らないまま走っていましたw出会いといっても初めて対戦しただけなのですが、お互い話す事無く只管に番車で厨ラン死合うだけの関係でしたwww
流石に数日間の対戦で精魂尽き果てたので、反対側の筐体に足を進めて「速いですね」と、お決まりの?切り出しで話しかけるw
お互いに話してみたい感じは持っていたので、今まで塞き止めていた何かが崩れたかのように話し始めて、いつのまにか意気投合していました。
暇つぶしのゲームというのは少し反感を買いそうなので若干の訂正をしますが、当時メインで遊んでいたのがバーチャファイターでして、対戦相手がいない時に頭文字Dを嗜んでいました。バーチャファイターでは遠征文化みたいのがあり、かなりの頻度で遠征を繰り返していました。その影響かは解りませんが、出会った最高のパートナーY君とかなり遠征に行った思い出がありますw

まぁここまでは第1章みたいなものでしょうか?w

現在、長い潜伏期間を経て復帰をはたした訳ですが、3の頃ほど走りこみは出来ない環境となっていますのでヒストリーも少し小出しにしていきたいと思いますwww

2014/2/14現在の頭文字D7AAX
ガレージ収容車輌(ZZW30・AE86T・Evo7)
チューニング状況はZZW30のみSTEP5途中まで
残り2台は秋名湖を1度走行しただけw
公道最速1週終了
職人の世界領域1
関東最速プロジェクト3戦ほど

車の状況やTAの進行具合なんかも更新していきたいと思いますので、後発組の戯言だと温かい目で見守ってください。