2016年5月、ミシュラン初掲載でいきなり三つ星を獲得した、札幌のすし宮川(みやかわ)の宮川政明さんが手がける姉妹店、鮨心。そのシンガポールで初めてのポップアップが、シャングリラホテル内のレストラン、波心とのコラボレーションイベントを開催中ということでお邪魔してきました。

 

息もぴったりの宮川さん(左)と佐武さん(右)

 

北海道、旭川の近郊の深川で育った宮川さんは、もともと手を動かすのが好きだったことから、料理上手な母の傍で料理を覚え、寿司の道へと進みます。銀座 鮨よしたけ  香港 すし 志魂を経て、2014年に地元北海道に自身の店、すし宮川をオープンします。

 

そして気づいたのが「北海道の魚は東京の魚と違う」ということ。「寿司は米の旨味が一番大切、酢飯が6割、魚が4割だと思っている。新米はいち早く使う」という宮川さん、北海道の魚にも合うよう、新潟産のコシヒカリに、地元北海道産のゆめぴりかを加えて、オリジナルのブレンドを生み出しました。羽釜で炊き上げると、コシヒカリはうまみが、そしてゆめぴりかはもち米のような粘りが出るのだと言います。

 

そんな宮川さんがメニュー開発含め手がけているのが、ニセコにある鮨心(すししん)。「誠実な人柄が仕事ぶりにも出ている」と宮川さんが信頼を置く、料理長の佐武弘進さんが、カウンターに立っています。今回は、18日まで佐武さんが波心のカウンターに立ちます。

 

 

まずは、冷製茶碗蒸し。

 

 

冷凍はせず、本当に旬の時期にしか出さないイクラに、すだちのジュレを混ぜたもの。昆布出汁の味がふんわり、優しい味わいです。

 

 

 

金目鯛刺身

 

 

昆布締めにした金目鯛。「昆布はしっかりと水に漬けて、自然の中にいる昆布の状態を再現させてから、昆布締めをするのです。乾いた昆布に魚を乗せては、魚の旨味が昆布に行ってしまいますからね」と宮川さん。間に特殊なペーパーを挟んで、昆布の香りを移さずに、旨味だけを移すようにしているそう。

丁寧に隠し包丁を入れて、なめらかな舌触りを実現するために、わさびはすりおろしてから目の前で包丁で細かく叩きます。

昆布塩は、藻塩を作る時のように、一旦、オホーツクの塩に水を加え、昆布と一緒に塩を炊き上げています。

 

刺身、塩、わさび。シンプルに見える皿の上に、どれだけの仕事がしてあるか。それが、極上の味を生み出す理由なのでしょう。「高級な魚を使って、そのまま出す、というのではなくて、仕事をしたい。そうでないと、気持ちが伝わらない気がするのです」と宮川さん。

 

目の前の料理を、どう、食べてもらいたいかを考える。それが、料理をする人が一番悩む部分でもあり、仕事をする上での醍醐味でもあるのでしょう。「いろいろな店で修業しましたが、どこからか習ったこと、というよりも、自分の店を持つようになって、考えたことの方が大きいです。どうしたら、美味しく食べてもらえるか。それをいつも考えて、今のやり方になっています」

 

その金目鯛は、とろける食感、昆布締めの旨味に、余韻の長い昆布塩の旨味が重なります。

 

鰹炙り

 

 

千葉県産の鰹は、藁焼きにして。焼きたてのものを切り分け、3切れを綺麗に重ねて。ねぎ、生姜、紫蘇、茗荷を細かく刻んだものを上に乗せます。

一番上に乗っているのは、脂の乗った皮が一番カリカリとしていて、ジュワッと脂が溢れ出る尾に近い部分、そのコントラストを一番楽しめるものを最初に、という心遣い。口にした時の第一印象は、とても大切なもの。ねっとりとした身に、サクサクの皮、ほんのりと漂う藁の香り。

 

 

キンキのしゃぶしゃぶ

 

 

北海道を代表する魚の一つ、キンキ。脂の乗った魚なので、湯引きした程度に軽く湯がいて表面の脂を落とし、柚子と、辛味のアクセントに柚子胡椒を混ぜた大根おろしを乗せて。

 

蒸し鮑の肝ソースかけ

 

 

ひたひたの昆布と酒で、60度くらいの低温でゆっくりと火を入れた5年ものの島根産の鮑は、目の前で縦と横に丁寧にジグザグに包丁を入れて、肝のソースでいただきます。

サバイヨンソースを思わせるようなふんわりとした肝のソースには、どこかキャラメライズした水飴のような甘みがあります。これは、鮑の煮汁を詰めたもの。柔らかく、しっとりとした歯ごたえの鮑に、この肝のソースが優しく絡みます。

 

 

鰆のスモーク

 

 

鰆は藁でスモークし、ゆずと、北海道特産のホースラディッシュを混ぜたものを乗せて。あっさりとした鰆の味のボリュームをスモークで後押しし、さらに辛味で優しい身の甘みを引き立てます。

 

 

鮨 握り 10貫

 

ここからが握り。

程よく脂の乗ったあかむつ。

 

 

酢飯は赤酢を使っていて、味付けの甘みは控えめ。羽釜で芯までしっかりと甘く火が通った米は、噛むと米の自然な甘みと余韻が感じられます。

 

昆布と鰹を漬け込んだ自家製醤油に漬けた赤身の漬けは、しっかりと濃厚な味わい。

 

 

コハダはやや甘めの酢で〆てあります。

 

 

 

 

トロのサク漬け。トロの旨味が逃げないように、表面を湯通しして漬けてあります。

 

 

湯通ししたことで、味もしっかりまとったトロは、抜群の旨味とコク。ここは、あえて柑橘などを入れず、そのままで。手をかけて仕事をする、と言っても、足すだけが仕事ではないもの。シンプルな、削ぎ落とした良さを表現するのが宮川さんのスタイルだと感じます。

 

そして、「北海道の味を紹介していきたい」という宮川さんの手による、なんと鰊の箱寿司。

 

 

新鮮なものが手に入るからできる、産地ならではの寿司、甘酢で〆たものを2日間寝かせてシンガポールに運んであります。しそ、ごま、かんぴょう、生姜などと巻き上げ、薄い白板昆布を乗せて。旨味の返りがしっかりあり、質素なニシンという材料を、植物性の旨味だけで美味しく仕上げてあります。いわゆる高級食材だけが、贅沢ではない、と感じさせられます。

 

 

茹でたての甘い車海老。

 

 

藁でスモークした脂の乗ったぶりは、まるで肉を食べているかのような味わい深さ。

 

 

ゆずのペースと、ゆずの果汁を絞りかけて。果汁を絞る時に、箸を伝わせて絞り、さらに、酸味が満遍なく行き渡るように、1.2.3と、3点に分散させてポイントを絞ってかけているのが印象的でした。こう言った小さな一手間が、バランスのとれた味わいを生み出すのでしょう。

 

フレッシュで濃厚な卵黄のようなコクのあるイクラ。

 

 

昆布森の塩水ばふんうにの水分を切り、卵の白身と混ぜ合わせたとても贅沢な卵かけご飯。上質な海苔をほんの少しだけ散らして、旨味と香ばしさを加えます。だんだんとご飯が釜の下の方に行くに連れて、ほんの少しだけ香ばしさが増して、さらに甘みが強く感じられるのも印象的でした。

 

 

アナゴは、ツメはキャラメル感が強目の、甘さ控えめのもの。素材の甘さを加えると、ちょうどいい味のバランスになるようになっています。

 

 

ここまでに使った魚の骨の味噌汁、頭や骨などを酒と昆布につけて、煮出したものがベースになっています。魚の出汁そのものを味わってほしいと、具は刻んだねぎだけ。

 

 

中がしっとり、ふんわりとした玉子焼は、芝海老の香りがしっかりあり、白身魚、大和芋と合わせて。

 

 

デザートは、その場でアラミニッツで仕上げるアイスクリーム最中。目の前でのサーブ、というのは、やはり特別感のあるもの。

 

直前に炭で炙る一手間で、香ばしさとパリパリ感を引き立てた最中に、ニセコの高橋牧場のアイスクリームは、優しいミルクの自然な味わい。

 

使っている魚の4割程度が北海道産で、それについてはエイジングせず、そのほかの産地のものは、空気に触れさせず、酸化させないでタンパク質を自己分解させるようにして旨味のボリュームを上げたりと、工夫をしているのだとか。

 

今後は、宮川としての支店展開はないものの、鮨心では海外での出店の可能性もあるという嬉しい情報も。

 

 

 

味を足し過ぎず、細かい「仕事」で魚と米、両方の甘みと旨みを十分に引き出した寿司。その味わいには、大地への敬意と信頼が込められているように感じました。

 

そんな宮川さんのお寿司が楽しめるのは、今月18日までとなっています。

 

 

<DATA>

■鮨心ポップアップ

2018年11月2日(金)〜18日(日)(開催中)

 

■波心(なみ)

営業時間:ランチ 12:00~14:30(レストラン・テラス席とも)、ディナー 18:00~22:30(レストラン)〜24:00(テラス席)、無休

住所: 22 Orange Grove Rd, Singapore 258350 (24階)

電話: +65 6213 4398

アクセス:MRTオーチャード駅から徒歩15分ほど