シンガポールの代表チームを率いるなど、フランス菓子のパティシエとして知られるPangシェフが、今年の旧正月に、新しく中国・客家に伝わる軽食のテイクアウトを始め、それがじわじわと人気を博している、と聞いて、お邪魔して来ました。

 

 

現在、ケーキ店併設のカフェレストラン、アントワネットを2店展開しているPangシェフですが、そのLavenderにある本店で、週末限定、事前予約制で販売しています。

元々客家出身のPangシェフ、シンガポールにも客家は多いが、客家料理の店は少なく、あっても採算を取るために商業的になってしまっている。家庭で受け継がれて来た客家の味を、伝えていきたいとオープンしたもの。

 

今は商業的な火力の強いガスで加熱する店も多いですが、客家の家庭で行われて来たように、中火以下の火で、時間をかけて調理する。客家料理は、干しエビや干しイカ、干し椎茸など、干した食材が多く、それをゆっくり調理していくのだとか。

 

 

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例えば、Pangシェフにとっての思い出の味が、ネギのクエ(Leek Kueh、6個で$12)。

生地の米粉に熱湯を入れて練ることで、繊細な食感が得られるのだとか。ジュロンのフィッシュボーンヌードルのホーカーで休みなく働いていた母が、唯一の休みの旧正月に作ってくれたと言う思い出の味。

 

中の具は、油揚げ、ニンニク、干しエビ、炒めたネギなどが入っています。崩れやすい繊細な生地は、成形するのが大変なのだとか。干しエビの香ばしさが効いています。

 

そして、客家を代表する料理が、Abacus seed($8、250g)。

 

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そろばんの玉を模った、ヤム芋とタピオカ澱粉で作った餅のようなもので、やはり旧正月の縁起物。たくさんお金が入って来ますように、と言う意味があるのだとか。一回につき、30分から40分かけて炒めていて、難しいのは、形を作って下ゆでしたこの餅をくっつかないように炒めるところ。「あらかじめ油を薄くつけておけば良いのでは?」とお聞きしてみると、そうすると、餅の中に味が染み込まなくなるので、それはやりたくないのだとか。ゆっくりと調理することで、干しエビ、干しイカ、干し椎茸など様々な干した食材の旨味が染み込んでいくのだと言います。豚ひき肉やチャイニーズセロリ、コリアンダーなども加えて、重層的な味わいに。味付けには、醤油と塩は使わず、魚醤を使うことで、素朴で深みのある味わいにしているのだとか。

 

 

Hakka Mee Tai Mak($6、約250g)

 

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ネズミのしっぽのような形の短い麺。出来合いのものを買うと、粉が少なくて、もっとゼリーのような食感。でも、家庭で作る味を表現したい、と米粉をたっぷりと入れています。

干しエビ、大根の漬物、人参と共にラードで炒め、カリカリのラードをかけて。シンプルに塩味が強い料理ですが、干したヒラメの粉をまぶして、旨味をプラスしています。

 

台湾の客家に伝わる料理です、と出してくれたのが、よもぎ餅の塩味版のようなこちら。Hakka Mugwort Kueh(3個で$9)

 

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生地には餅粉とサツマイモのピュレを使い、もちもち、柔らかい印象。その中に、大根と、甘い蕪の漬物、塩味の蕪の漬物、人参、豚ひき肉、干し椎茸などを炒めた、どこか春巻きの具を思わせるようなフィリングを入れてあります。

 

Hakka Yum Cake($8)

最高級だと言うタイ産のヤム芋を使い、ネギやシャロット、干し椎茸を混ぜた餅。

 

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鶏肉の塩釜焼きなど、客家料理の研究を始めたのは4〜5年前からだと言うPangシェフ。内陸に住んでいた客家の人々の料理は一般的に味付けが濃く、海が遠かったので、海産物は乾物か川の魚などが主なのだとか。

 

「今やらないと、一生やらない、と思ってやり始めた」この客家料理の軽食の販売。シンガポールでは、あらかじめ予約して購入する習慣があまりなく、最初は一箱しか売れない日もあったそうですが、今ではアバカスシードだけでも17キロも売れているのだとか。「『祖母が作ってくれた味だ』となんども買っていってくれる方もいて、それがモチベーションになっています」とPangシェフ。

 

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(シンガポールらしい、バタフライピーの花を使ったモクテル$14)

 

しかし、シンガポールの市場ならではの難しさも。味に妥協はしたくないと、干しエビや干しイカなども良質なものを使っていますが、そういった食材は昔と比べて高価になって来ている一方で、シンガポールの人たちは、カプチーノにローカルコーヒーの何倍ものお金を払うものの、ローカルフードが数十セント値上げしただけで文句を言うこともあり、ローカルフード=安いもの、と言う印象がしみついていて、高価な価格を払いたがらず、手作りで労働コストのかかる割に、利益はほぼゼロ。これまでも、中国系シンガポール人であると言う自分のルーツを探り、ヤム芋などの中国食材を取り入れたケーキを作って来たPangシェフですが、「お客様がこういったアジア風の味付けのケーキを選ぶようになったのは、2年ほど前から」なのだとか。また、こういった客家の軽食は、小麦粉を使うフランス菓子と違い、スターチ(でんぷん)が主で、扱うのに最初は苦労をしたとか。それでも作り続けるのは、ひとえにこういった味を伝え続けていきたいと言う思いから。

 

現在はテイクアウトのみですが、将来的には、客家料理のレストランをオープンできれば、と言う夢も持っているそうです。

 

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【DATA】 

(客家メニューは事前予約制、テイクアウトのみ)

■Antoinette(アントワネット) 
住所:30 Penhas Road (off Lavender Street) Singapore,208188 
Tel: +65 6293 3121 
営業時間:月曜~木曜(11:00~22:00)、金曜、祝前日(11:00~23:00)、土曜(10:00~23:00)、日曜、祝日(10:00~22:00) 
定休日:なし 
最寄駅:MRTラベンダー駅(徒歩3分)