札幌のミシュラン一つ星のフレンチレストラン、Le Muséeがシンガポールの植物園の中にあるレストラン、Pollenとの初のコラボレーションを行いました。

 

 

仕掛け人は、2017年のアジアベスト50レストランで2位、ミシュラン二つ星のレストラン、Andreでチーフソムリエとして長年働いて来た、長谷川憲輔さん。日本のシェフの素晴らしさを海外にもっと広めたい、と、これまでも台湾などで活動を行なっています。

Pollen は古巣Andreと同じ系列だったこともあり、スムーズに話がまとまったそう。長谷川さんはソムリエとして、このコラボレーションのワインも選んでいます。

 

海外でのコラボレーションはバンコク、マカオに続いて3回目になるという石井シェフ。Pollenの料理は、植物園の温室の中にあるというナチュラルなコンセプト、味の決め方のバランスも良く、とてもやりやすいと語ります。

ホスト側のシェフ、Steveシェフも、イベント初日の前日は、本来は営業日にもかかわらず、仕込みに集中するために店を閉めたというほどの気合の入り方。

 

 

厨房のシステムや熱源が違う中、どうやって作っていくか、また、普段は北海道の食材が中心ですが、シンガポールで手に入る食材はヨーロッパからのものも多い。スコットランドのカレイは脂が強かったりと、北海道との食材の違いをアジャストしながら作っているそうです。鴨は通常はフランス産ですが、こちらではSteveシェフに勧められた北京種の鴨を。札幌からは、いつも使っている日本の塩を持って来たそう。「海外で、一度マルドンの塩を使ってみたのですが、同じ分量を使っても、塩気に角があって、塩辛く感じてしまって」と石井シェフ。

フランス料理の中にある日本のアイデンティティとはなんなのか、と考えると、ミクロなところでは、こういったことも関わってくるのだろうな、と思います。

 

 

そんなスペシャルのイベントの料理をご紹介して行きます。

(8コースの料理にウェルカムドリンクがついて$188、4グラスのワインペアリングがついて$58)

 

 

ウェルカムドリンクは、The Botanist gin, sudachi, rosemary(Pollen)

 

 

ヨーロッパなどで昔から使われている、果物を蒸してジュースを作る機械を使って作った洋梨のスティームジュースに、すだちとローズマリーを加えて、ジンで割ったカクテル。

加熱で濃厚な味になった洋梨を、すだちとローズマリー、ジンのすっきりとした印象でいただきます。

 

小さなアミューズは、Pollenから、少し唐辛子の入ったスパイシーな牛肉のタルタルに大根のピクルスのスライスをのせたもの、フィロのように薄いイカ墨の生地の中に、スモークした鱈のブランダードを詰めたもの、シグネチャーの、チェリーのゼリーの中にクリーミーな鶏のレバーを閉じ込めた「チェリー」。

 

 

 

スターターは、black truffle, shrimp and caviar (Le Musée)

土の中からの収穫をイメージした、炭の衣のジャガイモのコロッケを、ヘーゼルナッツや黒オリーブ、アンチョビ、黒ごま、チョコレートのクランブルなどを混ぜ合わせて作った、食べられる土の中から掘り出して。

 

 

同じく大地の印象のあるアミューズは、マッシュルームのサブレにトリュフバター、トリュフのスライスを乗せたもの。

 

 

もう一つは、日本の旨味、昆布のゼリーとエスプーマに、ほのかに柚子を香らせ、同じ種類の旨味を持つ生のボタンエビを閉じ込め、上にキャビアを飾ったもの。

 

 

まったりとしたボタンエビに、同じテクスチャのエスプーマのクリームが絡みます。

 

 

France, Alsace, Riesling, Marc Kreydenweiss 2015

 

 

年間700本しか生産していないという、アルザスのビオのリースリングと合わせて。酢の物の酢を思わせるしっかりとした酸、ビオらしい湿ったウールのような香り、味わいはキリッと辛く、ライチのような甘い香りの余韻がありました。

ここからがコースのスタートです。

 

Octopus, sea urchin, yuzu, smoked aubergine(Pollen)

 

 

スペイン産のタコはオレンジ、ローズマリー、ニンニクとともに85度で3時間じっくりと低温調理してからグリルしてあります。ウニのクリームと、スモークしたナスのピュレ、アンチョビのクリーム、ゆず、出汁のゼリー、酢の物のような感じのピクルスにしたきゅうりのコンビネーション。柔らかいタコの表面はカリッと香ばしく焼きあがり、日本のものと比べると濃厚な出汁が効いた出汁ゼリーが、一つ前のボタンエビの昆布の味とのフックになっているように感じました。

 

France, Saumur, Clos du Moulin, Thierry Germain 2015

 

 

ワインはロワールのシュナン・ブラン、トロピカルフルーツのような熟した香りですが、味わいは辛口、後味に旨味の強い緑茶のようなニュアンス、蜂蜜の香りが残ります。

 

Halibut, asparagus (Le Musée)

 

 

スコットランド産のカレイの仲間、オヒョウ(Halibut)にニンニク、アンチョビ、パン粉に薄く切ったバターをひとかけら乗せた衣をつけて表面をカリッとサラマンダーで焼き上げ、海の旨味を強調した後、アスパラガス、抹茶のオイル、ブロッコリーのピュレ、ハマグリの出汁と共に。春の野菜の甘い味わいを抹茶の苦味が引き立て、ハマグリの柔らかい甘みと旨味、海の香りが優しく寄り添う、春らしい一皿。  

 

 

Italy, Emilia Romagna, Orange Wine, Denavolo, Dinavolino 2015

 

 

こちらにはオレンジワインを。スキンコンタクトからくる紅茶のような丸みのあるまろやかなタンニン、動物性の香りがあった後、後味にフルーツの印象がしっかりと残ります。

 

メインコースは、

Suckling pig, grilled leeks, almonds(Pollen)

 

 

 

ミルクしか飲んでいない子豚の肉にすだちとアーモンドを巻き込んで小さなロール状に仕上げてあります。カリッとした皮と、柔らかい身の対比は抜群。サイドに添えられたコロッケは、頭や足の部分などを丁寧に煮込んで煮こごりを作ってから、揚げたもので、とてもジューシー。グリルしたねぎ、子豚の骨から取ってマスタードシードでアクセントをつけたジュのソース、セロリと梨の角切りを添えて。

 

Duck and carrot(Le Musée)

 

 

鴨と人参の組み合わせ。北京種の鴨、人参のピュレとフォーム、レモンのジェル、芽キャベツの鴨のジュのソースは、王道のコンビネーションのオレンジで香りをつけて。しっかりとした鉄分の印象を感じるしっとりとした火入れは、48度で2時間かけてじっくりとオーブンで焼き上げてから、芯温52度を目指して炭火で焼き、蜂蜜のグレーズをかけて仕上げてあります。

 

Italy, Piedmont, Barolo, Paolo Scavino 2013

 

 

しっかりとした骨格のバローロ。新樽をほとんど使わず、ぶどうの印象をしっかりと出しています。土壌のミネラル感もはっきりとあり、動物性のウールのような香りもある、野性味溢れるワインでした。

 

続いてはデザート。

 

Rhubarb, strawberry, blood orange(Pollen)

 

 

ルバーブといちご、ルバーブのゼリー、ブラッドオレンジ、いちごのアイスクリームとメレンゲ。メレンゲが甘すぎず、さっくりと軽やかな仕上がり。程よい酸味の軽やかなデザートでした。

 

Tiramisu(Le Musée)

 

 

しっかりと土の香りと自然な甘みを感じる、キャラメリゼした玉ねぎ、子牛の出汁、ごぼうを使ったアイスクリーム。ラム酒のフォームとクリームチーズのエスプーマ、土に見立てたチョコレートにホワイトチョコレートの「雪」をふりかけて。赤ワインにも合いそうな、甘すぎないデザート。雪解けの景色のような情景が浮かびました。

 

石井シェフに、今考えているご自身の料理のあり方と、時代性についてお話を伺いました。

 

今は様々な国の様々な料理を楽しむ多様性の時代、そんな中で、自身のスタイルを「今」食事客が食べたいものを提供していく、今を表現する料理と位置付けます。

 

だけれども、これからは、シンプルな料理に収束して行くと考えているそう。「これからの料理は、炭火焼きのように、シンプルなのだけれど、その精度が高い、という所に行き着く、結局は味、という所に原点回帰するのではないか」と言います。

とはいえ、シンプル、というのは難しいものです。

「もちろん、料理だから、手をかけることで美味しくしなくてはいけない、素材のポテンシャルを一番感じてもらうにはどうしたらいいかを考えます」

 

シンプルに表現する、「今」の料理とは、どんなものなのか。

 

素材を生かした上での、コースの流れの中での物語の作り方。今は北海道は雪が降っていて、その中で感じる春の兆し。冬といっても、冬の始まり、真冬、冬の終わり、そんな短い単位での季節感、瞬間瞬間を写し取る「今」の料理。

さらには、素材そのものも含め、その土地でしかできない表現。例えば、北海道の特産のボタンエビ。お店では、活けのボタンエビを見せてからそのあとすぐに剥いて、活けのまま酒蒸しすると、活けではないものとは全く違う食感になる。「車海老みたいな、プリプリとした食感になるんです」産地ならではの、新鮮な食材への理解があってこそ、本質的なその土地でしかできない表現につながっていくのでしょう。

 

それが、食事客がそこにいる「今、ここ」だからこそ食べられる料理。

一皿一皿がシンプルであればこそ、大切なのは、コース全体での流れの作り方。

 

先ほどの活けのボタンエビは、ココナッツミルクとコリアンダーとカフィライムで香りをつけた少し辛い海老のブイヨンと合わせたりと、少し遊び心ある提供方法にすることもあるとか。

「全部をオリエンタルな感じにするわけではないんですが、コースの中のアクセントになるように考えています。風味だけではなくて、味の濃さと薄さ、温度、酸の強弱。お客様を飽きさせない工夫をしていきます」

味の工夫だけではなく、パフォーマンスの要素が強いものも入れていきます。「目の前のお客様を退屈させたくないし、味をより美味しくさせるパフォーマンスを考えたい」

 

もともと石井シェフはデザイナーを志していたというだけあって、見た目からの物語性の出し方も得意。いただいたHalibutの一皿も、抹茶のオイルの散らし方にも、高い美意識が感じられました。

 

 

 

「特産のニシンから数の子を手作りして、鮭の出汁から作った「雪」のパウダーをかけ、菜の花を添える。そこに、サイフォンで温めた出汁をかける。そうすることで、春の雪解けのイメージを、目の前で表現することができる」

 

Pollenに来てみて、厨房の国籍のバラエティに驚いたという石井シェフ。多様な考えを認め合う素地が、シンガポールにはあると感じたと言います。その多様性、色々な国の文化、おいしさの違いを認め合える社会になれば、社会が豊かに、そして一人一人の人生の豊かさに繋がるはず、と考えているそう。

これからも海外でのコラボレーションに挑戦していきたいという石井シェフ、日本の情景と「今」の季節感を伝える料理を、世界に伝えていってほしい、それと同時に、その中で石井シェフが切り取り、料理として表現する「今」がどんな風に変化していくのか、それをまた見てみたいと思います。

 

 

<DATA>

◾️Pollen x Le Musée

日時:2018年3月21日、22日(終了)

 

■Pollen(ポーレン)

営業時間:ランチ 12:00~15:00、ディナー 18:00~22:00、火曜休

住所:Flower Dome, Gardens by the Bay, 18 Marina Gardens Drive, #01-09, Singapore 018953

電話:+65 6604 9988

アクセス:MRTベイフロント駅から徒歩15分程度