シンガポールのレストランでも、多くの「Wagyu」という文字を見かけ、人気位を博していますが、日本の和牛だけでなく、世界各地で育てられている和牛の血統を持つ牛も、ひとくくりに和牛としているレストランも多く、実はピンからキリまである和牛の良さを伝え切れておらず、和牛ブランドの確立の難しさがあるのも事実。

 

 

さらに、同じ地域ブランドの和牛でも、生産者が違えば、育て方も餌も違うことがほとんど。そこで注目が集まっているのが、均質な味わいがより期待できる、牧場の名前を打ち出したブランド和牛です。

 

その一つが、群馬県の鳥山和牛。母牛から子牛を産ませるところから始まり、肉として出荷するところまでを一貫して行なう、数少ない牧場の一つです。その特徴を生かして作っているのが、「旨味」を大切にした”Umami Wagyu”。

現在、シンガポール、イタリア、アメリカに展開していますが、シンガポールでは、老舗の精肉店、Huber’s Butcheryが卸を一手に引き受けています。”Umami Wagyu”を知ってもらうために行われた、シェフやメディアを対象にしたイベントにお邪魔してきました。

 

 

会場は、デンプシーにあるPetrina Lohシェフのレストラン、Morsels。

Petrinaシェフと、群馬県の八芳園系のホテル、ホワイトイン高崎の荒井一樹シェフ。

 

 

Petrina シェフは実際に鳥山和牛の牧場から加工場までを見て回ったそうです。

日本では赤城和牛として売られている鳥山和牛ですが、シンガポールでは、ミシュラン一つ星のCorner House、同じく一つ星のIggy’s、アジアのベストレストランに選出されているTippling Club、素材にこだわりを持つ人気レストラン、Naked Finnなどで使われています。

 

今回のテーマは、「セカンダリーカット」。シンガポールでは、日本の和牛はどうしても高価になってしまいますが、最高級の部位、プレミアムカットよりもお手頃なセカンダリーカットで、もっと気軽に鳥山和牛を使ってもらいたい、という思いから。

 

(写真左から3人目が鳥山さん)

 

今回やってきたのは、鳥山畜産食品会社の鳥山渉副社長。鳥山さんによると、牧場全体には母牛が300頭いて、毎年280頭の子牛が生まれ、30ヶ月の肥育の後に出荷されるそう。10年ほど前から、血統による味の違いをデータ化し、どのように交配すればベストの味のものができるか、を考えているのだそう。

「日本では霜降りの多さしか評価基準がありませんが、本来はその中の旨味で美味しさが決まるはず」と、脂のオレイン酸を測定できる機械を、民間企業としては初めて購入。さらに、慶應大学ベンチャー企業と協力し、人工味覚センサーを活用した赤身旨味の数値化を確立し、交配の際の参考にしています。

「和牛の血統は大きく分けると、霜降りが入りやすいものと、体が大きくなりやすいもの、二つの遺伝子に分かれます。そのどちらのバランスも良くなるように交配をして、味が均一になるように心がけています。和牛はハレの食材、信頼して買っていただいたお客様に、いつも同じ質のものを提供できるのが大切」

 

また、大切なのは「A5、A4」などの見た目の霜降り度ではなく、旨味。旨味のある遺伝子を調べ、なるべく旨味を引き出す交配にしているのだとか。

 

そして、牛は臆病な生き物なので、ストレスのなさも大切。月齢が同じでも、血統交配や生育具合、餌の食べ具合によって少しずつ大きさが変わるため、一つの牛舎に大きさが似た牛を揃えるのが、ストレスがためさせないためには重要だそう。

 

まずは、2種類の和牛の食べ比べ。

 

 

片方が鳥山和牛、と言われます。

赤みが強い方が鳥山和牛。赤身の部分と脂の部分の印象の差が際立っているのが特徴のように感じます。

 

 

まずは、荒井シェフの一皿はうちもも(Top round)を使ったもの。

 

 

「赤身なので、58度で1時間低温調理。赤身の旨味はありますが、脂が少ないのを補うために、周りにゴマをつけて軽く燻製にしました」ソースは、ポルト酒と赤ワインビネガー、砂糖と塩を煮詰めて作ったもの。上には桃を細かく刻んだものをちりばめて。サイドにはワイルドライスの「酢飯」で、モダンな寿司をイメージしたそう。

 

そして、Petrinaシェフは、タピオカの粉と煮干しで作ったクラッカーに、肩ロース(Chuck roll)を使った牛肉のタルタル。

 

筋のところはしっかりと噛むと甘い脂の旨味が出て、刻むサイズも大きすぎず小さすぎず。この部位ならではの持ち味を引き出しているように感じました。

 

荒井シェフの沢煮椀は、そとばら(short plate)に片栗粉をうってから煮たものに、ごぼうやネギなどの細切りの野菜を加え、ごぼうやネギなどの細切りの野菜を添えて。

 

 

上から出汁をかけて楽しみます。そとばらは筋がある部位ですが、繊維を切るように千切りにすれば、柔らかく楽しめる、と荒井シェフ。

 

Petrinaシェフは、ブランチャーで焼いたとうがらし(Chuck Tender)とかた(Shoulder clod)の一部であるこさんかく(kosankaku)

 

 

とうがらしの部位はテンジャンと、こさんかくは塩麹と低温調理してから焼き上げてあります。

ソースは、ラズベリーとヤンニョンのソース。

 

Chuck Tenderは庭先で育てているPepperoinaという葉を添えて。

 

 

肉質のしっかりした部位だけに、よく噛むとこの葉のスパイシーな味わいが広がります。コサンカクは、キューブ状にしたご飯と、中国産の海苔を乗せて焼きおにぎり風に。

 

 

さらに、すき焼き。

 

 

シンガポールでは生卵を食べることが少ないため、トマトと玉ねぎのグラニテと緑のサルサで食べる、オリジナル。

 

 

しっかり肉に焦げ目がつく関西風からスタート、途中から野菜を足して、その水分で、関東風に。通常は、旨味の強いモモで関西風、そして脂の多いサーロインで関東風にして、スープに旨味を移すのだとか。

 

 

 

左の上から、Chuck Roll(肩ロース)。お手頃な価格の部位で、トリムが必要だけれども、万能に使えるのが魅力。脂と赤身のバランスが良く、煮込みにしても、薄切りにしてこのようにすき焼きにしても使える、と荒井さん。

 

その下のShoulder Clodは首に近い肉なので、さっぱりしています。

 

脂の乗ったそとばら肉(short plate)は薄切りにして焼肉に、また塊で味噌漬けにしても、脂を美味しく食べられますよ、と荒井さん。

 

右側の肉は、どちらも、ステーキとしても楽しめる肉。

上から、

しんたま(Knuckle)の4つの部位のうちのひとつがTri tip。そしてShin-shin。

 

ともさんかく(Tri Tip)は、しっかりと脂が乗っていて、脂と赤身の旨味の両方が楽しめる部位。

しんしん(Shin Shin)は赤身が多く、キメが細かい部位。

 

赤身の印象が強いのに柔らかいシンシン、バランスの良い霜降りで脂感のあるトモサンカクが特に美味しかったです。

 

 

そして、このすき焼きに使っているのは、なんと和三盆。「サトウキビの成分が肉の脂を溶かすので、ブラウンシュガーならなんでも良いのですが、黒糖だと香りが強すぎて、肉本来の味を打ち消してしまうので」とのことでした。

 

ミスジ (Fratiron)とは肩の肉の部位で、こちらはプランチャで焼いてステーキに。揚げたケイパー、ケイパーのエマルジョン、そしてカリッと表面を焼き上げたジャガイモと一緒に。

 

 

様々な部位の魅力が楽しめたイベント、集まったメディアやシェフたちも、「霜降り」でなく「旨味」という新しい基準が新鮮、と感じていたようです。

 

今、旨味ある牛肉づくりのための新しい取り組みとして、牛が好む塩味のある流通しない味噌を乾燥させたものを飼料に入れて食べさせる試みも初めているそう。そもそも、牧草なども乳酸菌を加えて発酵させて牛に食べさせたりするそうですが、発酵食品の良さに加えて、塩分のある土地の牧草を食べる羊の肉が美味しいと言われるように、味わいにも影響が出たら面白くなりそう。また、日本ならではの味噌で育った牛、というのも日本らしい味わいや風土の表現に繋がる気がします。とはいえ、結果が出るのは約3年後。「僕らは美味しい牛肉ができると思ってやってますが、3年経つまでわかりません。だからこそしっかりデータを取って、蓄積していくことが大切なんです」と笑う鳥山さん。シンガポールの和牛マーケットは飽和状態にある、と冷静に分析しつつ、和牛=なんとなく高級で美味しい、ではなく、なぜ美味しいのかをデータできっちりと提示していく。そんな取り組みが、今始まっています。

 

 

 

■Toriyama Umami Wagyu tasting

日時:2018年2月8日(終了)

 

会場:Morsels

住所:25 Dempsey Road, #01-04, 249670

TEL:+65 6266 3822