オーストラリア出身のAndrew Nocente シェフによるモダンオーストラリア料理の店、Salted and Hung にお邪魔して来ました。店の中央にはジョスパーオーブンがあり、備長炭を使って香り高く焼き上げています。

 

 

5歳頃から、イタリア人の両親が経営する牧場を手伝って育ったというAndrew ことDrewシェフは、父からシャルトキュリーの作り方を習ったそう。自分のオーストラリアよりも湿度も高く、空気中の雑菌も多いため、勝手が違うことも多いそうですが、シャルトキュリー用の、湿度やPHまで調節できる保存庫を使って、自家製のサラミや生ハムを作っています。

 

 

この庫内の温度は15度、湿度は65パーセントに調節され、シャルトキュリーを作る際に大切な乳酸菌が生きられるようにしているのだとか。サラミはスターターとなる菌を買っていますが、生ハムは自然に存在する乳酸菌のみ。他の菌の増殖を防ぐ硫酸塩は使っているものの、MSGなどの化学調味料は一切使っていないそう。サラミは2〜3週間、生ハムは、2ヶ月ほど塩や胡椒、ローズマリーや月桂樹などのハーブなどに漬け込んでこの保存庫で寝かせてから、周りを洗い、さらに1ヶ月ほど熟成させると、イタリアでは、無殺菌のこういった生ハムなどが人気ですが、シンガポールで輸入する際には、難しさもあるのは確か。自家製だからこそ、加熱しない自然な味が楽しめます。店で使っているのは全て自家製のシャルトキュリーで、様々な料理にも活用されています。

 

これまで、ロンドンのゴードン・ラムゼイの店、Mazeや上海のTable #1などでキャリアを重ねて来たというDrewシェフ。シンガポールには、5年前に、W Hotelのステーキレストラン、Skirtのエグゼクティブシェフとしてやって来ました。そして、去年このSalted and Hungをオープン。その名前も、シャルトキュリーの作り方、塩をかけて吊るす、から来ているのだとか。自分が食べたい料理を、居心地の良い空間で出す、というのがモットー。

 

メニューは昼夜共通のアラカルトとテイスティングコース、さらに昼は、シャルとキュリーとメイン、デザート、自家製のソーダで$20という、お手頃なランチセットもあります。

 

私はテイスティングコース($75)をいただきました。

 

 

ドリンクは、オススメされたエリクシール(秘薬)という名前の、自家製のインフューズドカクテルを。ボトルの中に入っていて、自分で注ぐスタイル。私が試したのは、#2 Burnt Apple Milk Punch($16)。ジョスパーオーブンで焼き上げたリンゴをメスカルというリュウゼツランからできたお酒に漬け込んだ後、牛乳を注いで冷蔵庫で3日間置き、濾過して液体の部分だけを使ったもの。リンゴの香りと、ミルク由来の甘い香りがあって、とても飲みやすいカクテルです。

 

まずは、アミューズ。

 

 

スモークした鰻に、クリームやシャロット、タイムなどを混ぜてミキサーにかけた、柔らかいパテ。そこに、菊芋のチップスを添えて。菊芋の独特のコクが、アクセントになっています。

 

ここからがコースメニュー。

Clamsは、シンガポール・ケロン産のハマグリ。

 

 

干しエビ干し貝柱に、自家製のサラミを加えたXO醤。さらに、オリーブオイルに醤油を加え、昆布を加えたというオリジナルのソースが旨味を加えて、磯臭さを消しています。ブレンドする際に自然に80度まで温度が上がるので、20分ほどミキサーにかけことで、自然に加熱調理するような効果が出るのだとか。

 

地中海産の赤エビ、Carabineroを、ジョスパーオーブンで焼いて、エビの頭から出た出汁とバターを混ぜたプラウンヘッドバターを合わせて。

 

 

丸のまま提供されます。身がとても甘いのはもちろん、頭の味噌の部分が最高。こちらには、ホタテの貝柱を軽くスモークして、卵黄とオリーブオイルを加えてミキサーにかけ、マヨネーズ状にしたものに青海苔をかけて。日本のたこ焼きやお好み焼きを思わず思い出してしまうような組み合わせですが、エビ味噌とこの青海苔の香りがとても相性がよかったです。

上から、イベリコ豚の脂身の自家製塩漬けのスライスを乗せて。独特のコクが、濃厚な味わいを後押しします。

それに、プラウンヘッドバターを吸い取る自家製のサワードゥが提供されます。

 

 

これに、味噌を乗せていただくのがとても好きでした。フルーティーさとビターな印象を併せ持つオリーブオイルをかけて。

 

発酵のスターターはオートミール粉で作ったもので、3年ものなのだとか。ジョスパーオーブンで焼いてあるので、香り自体は感じ取れませんでしたが、ほのかな酸味が生きたパンでした。ハンバーガーのバンなども自家製で作っているそうです。

 

Lamb intercostals

 

 

オーストラリアの塩分の多い土地で育つハーブ、Saltbushの葉だけを食べさせて育てたという、ミネラル分の多いsaltbushラムのリブ肉を、オーストラリアのネイティブハーブ、シナモンマートルに漬けて串焼きにしたもの。ソースは、Quandongという、同じくオーストラリアネイティブフルーツの、酸味と苦味があるというパウダーを使ってアクセントをつけた、ロメスコソース。アーモンドや、唐辛子などが入っています。脂の乗ったリブの強さ、ナッツのコクに負けない強めの酸味のソース。ラムの上の黒きくらげのピクルスは、ちょうどラムに添えるミントソースと同じような甘酸味。

 

Veal heart

 

 

オーストラリアのアンガス牛の子牛の心臓を11時間、塩とハーブに漬け込んでから、45度で10分間調理してから薄くスライスし、ジョスパーオーブンで仕上げています。揚げたゴボウの千切り、キャビアを乗せて。筋肉でできている部位、心臓というだけあって、脂肪の少ないあっさりとした肉質。内臓独特の臭みはほとんどなく、柔らかい上質のしゃぶしゃぶ肉を食べているような印象。キャビアは中国産ですが、しっかりとコクがあり、臭みやえぐみはありません。

 

添えたソースは、タイ料理に使われるチリソース、シラチャソース。パプリカを炭焼きにしたピュレなどを加えて作っています。

 

Barramundiは、他のメニューと違い、繊細な火入れができるフライパンで焼き上げています。

 

 

しっとりとした肉質は、表面をさっと強火で焼いてからサイドに置いて、ゆっくりと火を入れているから。昆布のオイル、赤味噌などを隠し味に、レモングラスやタマリンド、唐辛子、生姜などを入れて、トムヤム風のスパイシーな仕上がりに。上に乗っているシメジに旨味たっぷりのパウダーがかかっているのでお聞きしてみると、ワカメを細かいパウダーにしたものをかけてあるのだとか。

 

メインディッシュは、Drewシェフの出身地でもある、クイーンズランドの広大な牧場、Westholmeのオーストラリア和牛。

 

 

マーブルスコア7の脂の乗ったトモバラの部分を、メスキートとりんごの木を使い、25度で20分、コールドスモークした後、ジョスパーオーブンで焼き上げています。スモークしてあるので、まるでハムのような濃厚なスモークの香りがあり、やや強めの塩と相まって、ビールやお酒にぴったり。ちなみに、このテイスティングコースでは、「料理とのペアリングを考えて作られたビール」とDrewシェフが考えている、オーストラリア・Stockade社のビールとのペアリングも提供されています。

 

トモバラは、しっかりとした繊維の方向性があるので、それに沿って切ると、すっとナイフが入ります。脂が程よく乗っていて、口に繊維が残るのではなく、心地よい噛み心地の繊維があります。「とろける和牛よりも、しっかりと肉を食べた感じのある食感が好き」なので、Drewシェフは肉の中でもこの部位が大好きなのだそう。ソースは、肉汁に、大麦小麦、ローストした大麦などビールの原料となる穀物に、カスケードホップを合わせた、ビールのソース。そして、焦がしたナスのピュレは、シトラスが効いていて、コリアンダーやレモンピールの入ったホワイトエールのようにさっぱりしています。

 

デザートは、

まず、両親がイタリア人というDrewシェフならではの、ティラミスの再構築。

Chocolate

 

 

マスカルポーネのアイスクリームに、チョコレートのチュイル、程よい酸味のあるヴァローナの70%のチョコレートに、エスプレッソを加え、液体窒素で固めたクランブル。キャラメルシロップには、仕上げにアマレットを加えてほのかにアーモンドの香りを漂わせます。

 

Pavlovaは、通常のパヴロヴァと同じようにオーブンでメレンゲを焼き上げた後、表面をバーナーで焦がしてあり、外は香ばしく、中はしっとり。

 

 

まるでバーベキューの時の焼きマシュマロのような印象に。周りのひんやりとしたクランブルは、ブラッドオレンジとクリームのエスプーマを液体窒素で固めたもの。まるで、冷たいレアチーズケーキのような味わい。バニラアイスの下には、ナスターチウムのグラニテを入れて、甘さのしっかりとしたメレンゲをさっぱりとさせる効果を狙っています。

 

そして、最後に箱に入ったクッキー。

 

 

箱に入ったものを開ける時というのは、童心に戻った気がして、ドキドキして楽しいです。中身は、オートミールとココナッツ、ゴールデンシロップに自家製のベーコンをほんの少しだけ混ぜ込んだクッキー。上には塩キャラメルのソースがかかっています。パヴロヴァほど甘さのボリュームもなく、オートミールとココナッツの素朴な味わいと甘さも程よく、ゴールデンシロップと塩キャラメルが香ばしい。ミューズリーバーのような感じで食べられます。

 

全体的な印象として、脂の旨味と、焦がした味わいを楽しむ料理。Drewシェフは、唐辛子を効かせた麺、ミー・ポックやエイにチリソースを添えたローカルフードなどが大好きだということで、シンガポール、タイなど東南アジアのスパイスを生かして独自のオーストラリア料理を生み出していると感じました。

 

ステーキがシグネチャーだった、Skirtにいた頃は、様々な肉をエイジングさせていたということですが、それには現在のサラミなどの熟成庫と温度帯が違う、菌が活性化しない、0度に保たれた熟成庫が必要なため、現在は肉は届いてそのまま焼いているとか。将来的にはドライエイジング用の熟成庫が欲しい、と話していました。

 

 

内臓などを使うのは、両親が営んでいた牧場で、毎年牛を一頭さばいて、部位ごとに分けて冷凍し、一年分の家族の食事にしていた経験から。臭みがあると敬遠されがちな内臓ですが、丁寧に扱うことで美味しく仕上げ、その命を大切にいただく、という思いがあります。お店の人気メニューの一つは、トリッパのフライ。丁寧に臭みを抜いてあり、おつまみなどで頼む人も多いとか。

 

取材中も、常連さんが何人もカウンターに挨拶に。何がオススメ?と聞いて、みんなで楽しくテーブルを囲んでいました。

 

しっかり働いたりスポーツをしたりしてクタクタになった時に、「ドリュー、何か美味しいものを作って!」とオススメをお願いして、気のおけない友達と冗談でも言いながら、しっかりとした味付けの料理をビールと共に思い切り楽しむ。そんなシチュエーションにぴったりのお店です。

 

<DATA>
■Salted and Hung(ソルテッド・アンド・ハング) 
営業時間:ランチ 11:30~14:30(平日)、ディナー 17:00~深夜(平日)18:00〜深夜(土曜)、ブランチ11:30〜16:00(土曜・日曜)、月曜休
住所:12 PURVIS STREET, Singapore 188591
電話:+65  6358 3130
アクセス:MRTブギス駅徒歩6分