Tu... embrasse ce doigt blanc...



 ~君よ、その白き指に接吻を… 






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 オスカルとアンドレの、 


 密やかな楽しみで、こんなのがあったらいいなあ、と妄想してしまいました。



 2人は既に、恋人、という設定です💖 


ハンドケアは、当時のフランス貴族では一般的なケア方法だそうですが、

アンドレは、オスカルの為に特別に

こっそり何処かで学んだようです💖



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 「え?オスカルが呼んでるって?ショコラを持って行く用じゃなく?」 


 アンドレは、

彼女が、近衛を辞めると決めたと聞いた後で、休暇を取っているオスカルの為に、


夜半 

ショコラを作り始めていたのだ。




 侍女が言うには。 


 「今朝、爪が割れそうだったのを、軍用革手袋で保護していらしたらしいんだけど…さっき、馬に乗ってらしたら、先が本格的に割れそうになったから、手入れをアンドレに頼みたいって」 

「でも、爪の手入れならマリアンヌとか侍女の役回りじゃないのか?なんで俺が?」

 (まあ、俺は嬉しいけど…) 


 「あ、ついでにショコラも、と、仰られてたわ。あとね、オスカル様の爪は、他の人より薄いの。だから割れやすくて、いつもオスカル様が、どうやれば割れにくくなるかな、と呟いておいでだったわ。アンドレ、ショコラとお手入れ、頼むわね。私たち、もうそろそろ、色々な片付けの時間だから、ね?お願い!」 

そう小声で言うと、


 オスカル専用の美しく、珍しい、シンプルだが煌びやかな螺鈿細工の手入れ箱を渡された。



 これは、王后陛下 マリー・アントワネット様から、オスカルに賜った、極上品の箱。 



 チラリと以前、オスカルが指の手入れをされている時、飲み物を持って行った時に見た事があった。



 華美を好まない、彼女らしくないな。


 そう、思いながらサイドテーブルにショコラを置くと、彼女はあの時、 



 「派手だろう?王后陛下様からの賜り物だから、使わねばならないし…」と、

アンドレのショコラを見つめながらつぶやいていたな。 



 「で?アンドレ」 

「…あ、」 

「オスカル様は、急いでらっしゃるの。もう、夜も遅いし。後は頼んだわよ?」 

 純銀の楕円の大きめのトレイの上に、温かいショコラと、七色に煌めく螺鈿細工の箱を乗せて、アンドレは2階に上がった。





 オスカルの部屋の前に立ち、一呼吸置く。 




 両手がふさがって、ノックが出来ない…。 



 どうしようかな…。



呼ぼうかな…。 


 立ち尽くし、考えていたアンドレの目の前で 


 ドアが開いた。 


 「なにを突っ立ってるんだ?アンドレ」 


「あ、ああ。ショコラと…爪を痛めたって聞いたから、お前の手入れ箱を持ってきた」 


 オスカルが、一瞬目を見開くと、クスクスと笑いだす。



 「なんだよ?」 

「お前…爪の手入れが出来るのか?」

 「お前が俺を指名したんだろ?」

 「…そうだったかな…」 

 「兎に角。入り口で話してたら、怪しまれないか?中に入るぞ」


 そういうアンドレが持つ、純銀の楕円トレイにあったショコラだけを、オスカルは持ち上げ


 「今日は良い風が入る。…窓近くの長椅子で手入れしてくれないか?」

 と、微笑んだ。 



 アンドレは、彼女を横に座らせ 

サイドテーブルに置いた、螺鈿細工の箱を開けた。 



 中には。 



 ささくれを取る指用の細いピンセット


 極上シルク生地の腕置き


 爪や、手指に塗る、極上品の香り良い、

レモンオイルと、


保湿効果の高い、甘い香りのアーモンドオイル。


 そして、オスカルの母上が特注で作らせた、ジャルジェ家の薔薇で精製された、ローズオイルが入った可愛い容器。 



 オスカルは爪が薄く、割れやすい為

女性としては短めに切ってあるが、 

アンドレが彼女の両手の指を優しく持ち上げると、



 右手の指、2ヵ所、貝殻のような爪が割れそうになっていた。



 「これは痛そうだなあ。すぐ磨かないと」 

「砂磨きはいやだぞ。あれは気持ち悪い」




 この時代。 


貴族の手指の手入れは、とても重要で、特に爪はピカピカに磨かれていないと、ちょっとの事でも、どこかの舞踏会などですぐ噂に立つ。


 砂磨き、は、当時、主に爪を磨く(研磨する)為に使われていた。



 だが、オスカルは自分は貴族の前に軍人だからと、爪を淑女のようにピカピカに磨かれるのを嫌がっていた。



 だから、舞踏会の警護の時などは、手袋をずっとはめている。


 そうは言っても。 



 オスカルの手は。


 指も長く、白く。

 染めてもいないのに、爪は健康的なピンク色で、常に、綺麗に侍女から手入れをされていた。 


 そんなオスカルの美しい手を、あの舞踏会の連中で、誰が知っているだろう? 


そう、アンドレは思った事もある。


 彼女の美しく、柔らかな手指を知っているのは、俺だけだ。と。 



 「アンドレ?どうした?」 

ハッとオスカルの声に我に返った。

 「悪い、悪い。ちょっと思い出した事があって…」

 「仕事の事か?」 

「ううん、違うよ。お前のこの美しい手指を、どうやって疲れをほぐせるかな、って」

 「ああ…そうか……ありがとう。頼む…」




 そして、アンドレはポケットから、細長いヘラのような物を取り出し 


「これなら、気持ち悪くないよ、大丈夫」

 と、オスカルに見せた。


 「これは?」 

「パリの町で、奥様の宝石の修理と、懐中時計の修理を持っていった時に、職人の爪がピカピカになってたから、聞いてみたんだ。どうやってそんなに綺麗な爪にするのか?って」

 「そしたら?」 


興味が少しあるのか、オスカルは節の太い彼の指に包まれた自分の手を見つめながら尋ねた。


 「その初老の職人は、仕事で細かい作業をするから、爪を綺麗に磨いておかないと、もし僅かでも割れた爪が懐中時計の部品の奥に落ちたら、即、不良品になるからだって。

それで、このわざと、ざらざらしたヘラを職人が作って、磨いてるそうだ。

 どこにも出回ってないし、貴族も知らない最新の爪磨きだよ」 



ほう、とオスカルはヘラを左手で受け取り、 

ざらついた感覚をまじまじと珍しそうに眺めた。 



 「逆に、爪がざらつきそうだけどな、アンドレ」 

「そう?あ、みて、俺の小指」 

そう言ってアンドレは、左手の小指の爪を見せた。 

 その指だけ、ピカピカに輝いている。



 「ホントだ。これは面白い。では、アンドレ、磨いてくれ」 

「仰せのままに」 

「ばか、そんな仰々しくいうな、恥ずかしい…」


 アンドレは、彼女の掌に軽くキスをすると、


 作業を始めた。


 まずは、爪、甘皮、指先を柔らかくする為に、先ずはレモンオイルを塗り込み、


彼女の細い指先にゆっくりと塗り込む。

 辺りに、爽やかなレモンの香りが漂う。



 「いい匂いだ」 

オスカルは、深呼吸をし、チラリと愛する男の作業に見いっていた。


 レモンオイルを塗り込むと、爪が柔らかくなる。


 その作業を一通り終えると、とろけるようなアーモンドオイルを塗り、白く細いオスカルの指を、丹念にほぐしてゆく。


 アンドレの手の熱で、今度はアーモンドオイルの甘い香りが2人を包んだ。











 「……指は痛くないか?」 

「うん……」 


オスカルは眼を閉じ、アンドレの丹念な、優しいマッサージを気持ち良さそうに受けている。


 「じゃあ、爪も柔らかくなった事だし、リネンでぬぐって、次はこのヘラで少しずつ爪を磨くぞ?」 

 そういうアンドレの左肩にオスカルは、コトンと頭を置き、呟いた。




 「任せる…。眠くなってきた…。気持ちが良くて」 

「いいよ。オスカル。そのまま眠れ。色々あって疲れてるんだから。お前が寝てる間に磨いておく」 


アンドレの顔のすぐ傍にある、うつむいた彼女のブロンド。


 アンドレは微笑むと、そのしなやかなブロンドに唇を落とした。


 どれだけ眠っていただろうか。




 アンドレが「済んだよ」と、オスカルを起こした。


 「ん……、いい香り…」 


オスカルが薄く眼を開ける。

 柔らかな薔薇の優しい香りに、 

 自分…いや2人が包まれている。



 そして、自分の両手を見た。

 爪、一つひとつ、まるで宝石のようにピカピカに輝き、

マッサージのおかげなのか、手の甲、手首、指先と爪、すべてが輝くような淡い桜色になっていた。 



まるで、舞踏会に現れるマダム達の指先のようだ。


 否、それ以上に輝いて見えた。 




 「やすりで、割れた爪もこれ以上亀裂がこないように処理したし、最後は薔薇のオイルでマッサージをしたよ。これで手の疲れも、緊張も少しはほぐれたかな?」 

「綺麗だ…。私の手じゃないみたいだ。ずっと見ていられる」 

「あははっ!ありがとう。オスカルの手は、元々綺麗だよ?肌がきめ細かくて、美しいからな、お前の肌も、手も」 

そう言われて、オスカルはほんのり顔を赤らめた。



 螺鈿細工の、お手入れ箱に出した道具を持っているアンドレは、箱をサイドテーブルに置いた。


 彼が長椅子に腰掛け、一部始終のアンドレの動きを嬉しそうに見つめる彼女の瞳。 


 そのサファイア色の瞳。 


 アンドレは、小さな頃に数回だけみた海の煌めきのような瞳に吸い寄せられそうになる。




 「明日は手袋無しで出掛けようかな…」 

嬉しそうにオスカルが呟いた。 

「どこに行く?」

 「アンドレ…何処がいい?」

 「何処…か…。あ、それより。近衛隊を辞めるって言ってたが、国王様には願い出たのか?」「休みが明けたら、願い出るつもりだ。ベルナールに、王宮の飾り人形、と言われて…目が覚めた」

 「あれは言い過ぎだけどな」

 「そうか?」

 「お前はちゃんと近衛の勤務を真面目にしているし、傲る所もないじゃないか。どんなにお前に不利な噂を立てられても、怒りもせず…。俺はいつも、何かしてやれないか?代わる事は出ないかと、地団駄を踏んだもんだ」

 「お前だけだ、アンドレ。そう言って私を庇ってくれるのは…。本当にありがとう」

 「…惚れ直した?」 


口の端をニッと上げて、おどけたアンドレの顔が近づく。 


アンドレも、オスカルも。 


 薔薇の香りがする。 


 オスカルは、愛しさが胸の中で溢れてきて、彼の頬を両手で掴み、自分の方に顔を寄せた。



 「……あっ……!」 



体勢を崩した2人が、長椅子で倒れ込む。 


 アンドレが下になり、オスカルが彼の胸板厚い上にいた。


 「惚れ直すもなにも……」 

オスカルがそう呟き、アンドレのしっとりと厚みのある唇に、そっと口づける。




 2人の唇がゆるりと離れると、オスカルは下にいるアンドレの胸に耳を寄せた。



 鼓動…。 


 トクン、トクン…。


 その鼓動…。 



 愛する人が生きている証。 



 「お前以上に、私は惚れている。惚れ直すも何も…。お前に惚れてから、ずっと惚れている。恥ずかしい、言わせるなアンドレ」 



 アンドレは、胸の上にいる黄金の女神を抱き寄せた。華やかな薔薇のオイルの香りが揺らぐ。


 「いま、4回、惚れてるって言ってくれた」「そんなに言ったか?」 

「言ったよ。嬉しいよ…俺の…オスカル」 



 そう言うと、アンドレは長椅子からオスカルを抱き上げ、 



「明日、何処にいこうか、2人で決めよう」 



そう言い、 



 奥の寝所のドアを開き、 


 アンドレの背に手を回していたオスカルの、



白い手。


愛する人に磨かれた


艶やかな、その白い手が。





静かに伸び 




 部屋の鍵をカチャリ、と掛けた。






 ~fin~