~Dans une période éphémère et douce... 

つかのまの…柔らかな時間に~ 




 🌹2人が結ばれてからの、束の間の…他愛ない夜のお話。🌹 


2024年5月28日


書き下ろし



















 オスカルとアンドレが、 


 ようやく結ばれてからの日々。



 2人は今まで通りに、オスカルの部屋へとアンドレが夜にショコラを持って行く習慣は変わらない。 



 変わったのは、 


 互いの心の位置。 


 距離。 


 高鳴る程に、切ない想い。 




 オスカルは、夜に温かいショコラを持ってくる、愛しい彼を、 


 本を読むフリをしながら、足音に耳を凝らし、ずっと待っていた。 






 殺伐としたパリの状況で、衛兵隊の任務も神経をすり減らす程の過酷な中で。 


 何事も無く1日が漸く終わり夜の帳がゆっくりと下りる時間になると、 


 ふうっ、とオスカルが浅く息を吐く。



 1日が終わった…。と。 


 そして。 



彼女は夢想する。 



 愛しい彼に、この癖のあるブロンドを撫でて欲しい。 


愛してるよ、と耳元が火照る程に囁いて欲しい。 


指を絡めて、互いの瞳の色をゆっくりと確かめ合いたい…。 





アンドレのための、女の部分を己で確かめたい…。 



 そう思えば思う程に。 


オスカルは、愁いを含んで少し微笑んだ。







 今の時代。 


この感情が不謹慎だと、ふと思う事もあった。



 だが、あの告白以降… 


オスカルは己の中に仕舞い込んでいた、女の部分が 



 甘く疼いて、もはや止める事も出来ないでいる。



 アンドレが、傍にいる。 


 それだけで。 


 オスカルの胸が、

甘く、温かく、疼く。



 安心できるのだ。 






 屋敷に2人で戻り、互いにいつものように、別々の事をし。 



 夜半になると示し合わせたように、男がショコラを持って来る。


 多分。


屋敷の中ではばあやだけが知らない、2人だけの夜。 





 ああ…。早く来て欲しい。


 あのしなやかな強い力で、抱き締めて欲しい。


 互いの髪に指を巻き付け、口づけをして欲しい。




 めくらないページをずっとぼんやりと見つめながら。 



 オスカルは、昨夜の事。 


 また、一昨夜の二人を思い出して…。 



 ふふ、と笑い。 


 頬がピンクに染まる。 


 身体が、じわじわと熱くなる。 






 アンドレもそうなのだろうか? 



 私を見つめる眼差しの熱量。


 優しさ。


 愛しいと訴える、その黒曜石の瞳。 





 オスカルは、本を閉じた。 



 「………遅い…………」 


 スッと立ち上がり、私室のドアに何気なく足を向けた。 




 その時。 


 小さなノックがしたので、オスカルは目の前のノブを引いた。 






 「ごめん、ごめん。用事が終わらなくて…。やっとショコラを持って来れたよ。………オスカル?なんでこんなドア付近に?」


 あっけらかんとしたアンドレの物言いと、屈託のない笑顔がそこにある。



 オスカルは、今、夢想していた事が可笑しくなり、下を向いた。 


 「オスカル?ショコラを持ってきたよ」


 1つ頷く、ブロンドの髪。 


1束の巻き毛が彼女の胸に落ちた。 


 「オスカル?」 


 「あ、ああ。ありがとう。そこに置いといてくれ」と、

クリーム色のベルベットの長椅子の前にある、猫足丸テーブルを指差した。 


 アンドレは、トレイごと湯気がほんのり立つショコラを置いた。


 後ろを振り向くと、彼の後ろを着いてきていたオスカルが近づいて、嬉しそうに彼を見上げ


 「ありがとう」と、アンドレのシャツの胸に忍び込んだ。 





 素直でいたい。 


アンドレの前では。 


 あれからずっと、自分に言い聞かせている言葉。 


でも。


 女らしい甘え方を知らない自分…。


 (愛しているから…)


 アンドレ…

おまえの、おまえだけの私でいたい。 



 聞こえない位に、小さく呟いて、


 オスカルは愛しい男の胸の中で顔を上げた。


 オスカルを優しく見下ろす黒曜石の美しい瞳の中に、写し出される自分の姿。



 それは、紛れもなく恋をしている女の自分だった。 



 「どうした?オスカル。俺はずっと傍にいるよ」 


 「今夜の用事は全て済んだのか?」 


 「明日の用事まで済ませてきた」 

軽く黒曜石の瞳がウインクをし、オスカルの額にくるくると巻いている、愛らしい髪にアンドレは口づけた。




 頬が熱くなる。

 それだけで。



 アンドレのブラウスの衣擦れの音が、目を閉じたオスカルの耳に聞こえる。



 アンドレのふたつの腕は、オスカルを優しく抱き締めた。 


 「待たせてごめん」 

そう言い、今度はオスカルの鼻に口づける。




 「本、読んでたみたいだけど、こんなに待たせたからかなり読んだ?」


 悪戯な少年のような黒い瞳が、蒼い瞳を覗きこむ。 



 「どこを読んでたのかもわからない」


 「どうして?」 


 「おまえが来るのを待っていた、その気持ちで全く文字も目に入らなかった」 

 アンドレは、クスッと笑う。



 抱き締められていたオスカルは、ちょっとムッとした顔で、男を見上げた。


 「アンドレ、なぜ笑う?」 


 「いや…。待っててくれてたなんて…嬉しくて、つい…。待たせてごめん」

 アンドレはもう一度、薔薇の香りする彼女の黄金の髪を撫でた。


 撫でられながら 

「謝らなくていい。私が勝手に待っているんだから。それに、邸の仕事もやらないと、ばあやに怒られるのもわかっているから」


 「オスカル…」



 「アンドレ。少し疲れた。寝室に連れて行ってくれないか?」

 オスカルは淡い期待を込めて口にした。



 「え…」

 驚いたのはアンドレの方。 



 オスカルは頭を彼の肩口に乗せ、上目遣いで言った。 


 「お願い……。連れて行って…」


 薄桃色の唇が、彼の唇にゆっくりと近づき、



 二人の唇が重なってゆく。 






 唇が離れると、アンドレは


 「じゃあ、お前が寝付くまで傍にいるよ。明日も仕事だからな、俺たち」


 ベッドにブロンドを散らせたように下ろすと、アンドレは

その輝く髪の毛を、大切に大切に撫でながら枕の上に纏めて、オスカルの靴を脱がせた。 



 「アンドレ…」 

オスカルが黒髪に両腕を回す。


 2人の頬が重なる。 


 「オスカル、ショコラが冷めるよ」 


 「今夜はショコラはもういい。お前が傍にいてくれれば…」


 黒髪に顔を押し付けくぐもった少しハスキーな甘い声。 


 「わかった…。寝るまで傍にいるから安心して」 


 「……ん……」

 黒髪に埋めた白桃色の顔を離すと、彼女は、愛しい男の胸の上に頭を乗せた。




 温かい。 

 そして。 

規則的な心臓の鼓動が聞こえる。





 「しあわせ…」



 ふと。


オスカルが囁いた。 


聞こえるか否かほどの、小さなため息と共に。


 たくましい男の胸の上で、2人の指が絡まる。






 ああ。 


この幸せが、永遠に続いて欲しい。 


 2人きりの時間が足りない…。 



 心地よい男の鼓動を聴きながら、 暫くして



オスカルは静かに寝息を立て始めた。 


 それを確認すると、アンドレは絡めた指に、ひとつ口づけをし、 


そして、彼女の唇と頬にキスをして 



 「俺も…しあわせだよ…オスカル…」 


そう言って寝台から立ち上がった。




 窓辺のショコラは、すっかり冷めている。 




 窓の外は、霧のような雨が降り始めていた。




 アンドレは窓の外を蝋燭が消えかかる薄暗闇の中、見上げた。





 「神よ…。愛する人に、溢れんばかりの幸せを…」 



 涙が伝う。


 彼女には絶対に見せられない、その涙の意味。



 この眼が見えなくなっても… 

 俺は、愛するあの人を護ります…。 







 窓の外の雨が強くなる頃。



 アンドレはもう一度、愛らしい顔で眠る愛しい女の唇に口づけると、


 冷えたショコラのトレイを持ち、




 覚悟を刻んだ強い眦(まなじり)を一瞬表情に浮かせた後。 


 ふふ、と口角を上げ、扉を開けた。









 オスカル…お前の為なら死する事もいとわない… 


愛してるよ…何が起きたとしても…






 パタン。 


と、扉が閉まる。 




 そして、


数時間後には、何事もなかったかねように、




 2人は振る舞うのだ。









 ~Dans une période éphémère et douce... 


つかのまの…柔らかな時間に~




 2024年5月28日書き下ろし