Est-ce que tu m'aimes? Je ne sais pas encore...… 愛しているのか。まだわからない……
あの夜。
ジェローデル氏に本心を話したオスカル。
そしてジェローデルは身を引いた。
辻馬車襲撃事件後の、2人の夜の
作者の妄想ラブストーリー💖
2024年5月4日
書き下ろし
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オスカルが、夜遅く屋敷に帰ってきた夜。
アンドレは、
あの馬車での暴動で大怪我をし、まだ身体のあちこちに包帯を巻いて、自室にて橫になっている。
使用人棟の三階にある、広いとは言えないアンドレの部屋。
ベッドは数年前のアンドレの誕生日に、ジャルジェ婦人が
「いい加減、そろそろ新しいものに取り替えましょうね。遠慮したらだめですよ?もう何年も使っているでしょう?こんなに窮屈では、オスカルの護衛にも支障がきますから」
と、背が高くなったアンドレの身体ギリギリだったサイズを、かなり大きな、寝返りをしてもかなり余るほどのサイズのベッドと交換して下さった。
そして、机と椅子も、使用されていない部屋の机と椅子一式を。
アンドレの部屋には少し豪華なデザインだが、それはオスカルからの配慮だと知ったのは、つい先日の事だ。
天井を見上げ痛み止めを飲み、ベッドに橫になっていると、
外でオスカルの愛馬の嘶きが聞こえた。
(こんな夜更けまで…何処に行ってたんだ…?)
アンドレは痛む身体をお越し、窓辺へと向かった。
今夜は満月。
厩に愛馬を連れて行った後
オスカルはうつむいたまま、軍服で、黄金の髪をキラキラと月光に輝かせながら屋敷の入り口に入って行った。
(ジェローデルと会っていたのか…?)
そう思うと、次第に目が冴えてきた。
オスカルはジェローデルから求愛され、
婚約も間近だと、屋敷でも、ベルサイユでも言われていた。
だが、それはオスカルへの求婚者を選ぶ舞踏会で、オスカル本人がぶち壊しにしたが。
その後も、オスカルはジェローデルと会っている、とは聞いていた。
そう思うともどかしい息苦しさを感じる。
だが、どうにもならない…。
もやもやした感情を圧し殺し、
アンドレは、痛み止めが効いてきた身体を起こし、部屋を出た。
燭台を持ち、屋敷の方へと足を向ける。
裏口から入り、表口のエントランスに出るドアを開けた時。
コツコツ、と、オスカルの足音が聞こえ蝋燭を消し、2階の通路を見上げた。
オスカルは、自室とは逆の廊下に向かう。
(……どこへ…?そっちは旦那様の部屋がある方だ)
アンドレは、廊下の薄暗い蝋燭の明かりの下、オスカルが向かった方向に上がっていく。
旦那様の部屋の前に立ち、オスカルが大きな声をあげたのを聞いた。
何か2人にいさかいが起これば、真っ先にドアを開けようと思ったが。
オスカルの大声は、直ぐに収まった。
(大丈夫だ…。きっと。何も起こらない…)
アンドレはその自分の言葉を信じて、階下に降り、オスカルに見つからないよう、使用人棟の自室へと戻って行った。
(何かがあったんだろう。オスカルの心の中に。いや…、それは俺が詮索する事じゃない…な…)
本当は。
気になって仕方がない。
ジェローデルとオスカルが本当に結婚してしまったら…。
自室の扉を開け。
アンドレは、ベッドに倒れ込んだ。
ひとつ、ため息をつく。
(俺に何がしてやれる?オスカルを殺そうとしたんだぞ…もし…もし、あのワインを飲んでいたら…俺の身勝手で、オスカルは…俺のオスカルは…)
様々な思いの洪水が止まらない。
彼女を幸せにする資格さえない自分が、オスカルを殺そうとしたんだ。
アンドレは、皺になった掛布を手探りで掴み、身体をくるんだ。
「俺には…資格さえない…んだ…。こんなに愛しているのに……」
目を閉じると。
オスカルの香りを思い出す。
そして。
陶器のような肌、
しなやかな指、
深いサファイアの如くの麗しい瞳。
薄い桃色の、可愛い唇。
月夜にも負けぬ、天使のような華やかなブロンドの髪。
長い睫毛。
アンドレは、右手を天井に上げ、
「こんなにも…愛しているのに」と、掌を握り締めると、小さく囁いた。
途端。
部屋を誰かがノックした。
アンドレは驚き、掛布の中に手を入れて瞳を閉じた。
こんな時間にノックをする可能性のある人物はたった一人だ。
扉がゆっくりと開く。
アンドレは薄目で見ると…彼女だった。
何か急ぎの話なら、揺り起こすだろう、とアンドレは寝た振りをした。
オスカルは足音も立てずに、アンドレのベッドサイドにある椅子に腰掛けた。
燭台を持っていたのか、部屋にある蝋燭にも灯りを移す。
部屋は差し込む月明かりと、燭台で、仄かに明るくなっていった。
アンドレは、目を閉じオスカルの間近の視線を感じ取っている。
薔薇の香油の香りが、目を閉じてもオスカルの存在を強くしていて、眩暈さえ起こしそうになる。
だが。
オスカルは…静かに座ったままだ。
小さく、呼吸が聞こえる。
(何か……何か、あったのか?オスカル……)
瞳を閉じたまま、アンドレも睡眠しているように呼吸をしていた。
オスカルの白い手が、アンドレの額のガーゼに静かに触れた。
アンドレは心の中で、息を殺した。
「アンドレ……まだ…痛むか…?」
「私のせいで、酷く傷つくのはいつも…お前で…」
(オスカル…そんな事を言うな…)
「私は愚かだ…」
(お前は愚かじゃないよ、オスカル…)
ガーゼをゆっくりと撫でる細い指が、アンドレの頬に下がる。
少し伸びた髭が、ざらりとオスカルの指をくすぐる。
「アンドレ……寝てるのか…?橫に入るぞ」
アンドレは、その声に驚き慌てて目を開けた。
「なんだ、起きてたのか」
オスカルが、髪を無造作にかきあげ、ベッドサイドに腰掛ける。
ブラウスとキュロットかと思っていたら、シルクの夜着を着ていたので、アンドレは驚いて上半身を起こした。
「オ…オスカル!?」
「なんだ?」
「夜着でここに来るヤツがあるか!?見つかったら、俺はおばあちゃんに殺されるぞ!」
オスカルの白い指が、アンドレの唇に触れ声を止めた。
「小さい時には、ここで一緒に寝たじゃないか」
「それは、子供の頃の話だ。俺たちはもう立派な大人だぞ?」
アンドレが掛布をわしづかみにしてくるまろうとすると、オスカルが優しく微笑んでいた。
「その慌てた顔。子供の頃のまんまだな、アンドレ。…あ、ベッドが広くなったんだな」
そうにこやかに笑いながら、アンドレから掛布をゆっくりと引き寄せると、オスカルは彼の隣に潜り込んだ。
「ちょっ……!ダメだって!」
「何故?」
「お前は、ジェローデルと会ってきたんだろう?」
はあ?と、言いたそうな顔でオスカルは、橫にいるアンドレを見下ろした。
「……会ってきた…」
「だったら、なんでここに来るんだよ」
オスカルは、少し間を置き、一呼吸すると
「……今夜、身を引いてもらった」
今度はアンドレが、ガバッと上半身を起こした。が、激痛で、ベッドに沈んでしまった。
「アンドレ、まだ痛むんだろう?大丈夫か?」
「それはいい。…どういう事だ?身を引いてもらったって…」
「ジェローデルと色々話したんだ。私の中にある感情を。…そう…包み隠さず…」
「感情?どういう…」
「今は言えない。…でもこれで納得してもらった。この話はもう終わりだ、アンドレ」
「だけど」
「さっき、父上にも話をした。男として育てて、今さら結婚、女性に戻れとはどういう事かと」
ああ、オスカルの大声は、その言葉だったのか。
「私は、軍神マルスの子として、生涯を武官として生きて行く…と…」
軍神マルスの子として、生涯生きる。
オスカルが口にしたその言葉とは裏腹に、オスカルは美しく微笑み、アンドレの方に向かい、彼とベッドで向き合う。
白い腕が…アンドレの背に回り、しなやかに傷ついた、たくましい背中に指を這わせた。
「……オスカル…?」
「……怖い…」
アンドレの耳元にあるオスカルの唇から、その意外な言葉が溢れた。
「……アンドレ……。怖いんだ…」
「オスカル…」
アンドレは、おずおずと細い彼女をゆっくりと抱き締めた。
「決心したその思いとは裏腹に…私は、自分を酷く、勇気のない人間に思えてならないんだ」
「どうして?」
「……子供の頃は信じて疑わなかった…自分は男だと…。今は…今は……」
「うん?」
アンドレが豊かな彼女のブロンドを撫でる。
「大人になってゆく度に、自分は女なんだと痛烈に感じてしまう。…それが…怖い…んだ…」
オスカルは、アンドレの首もとに顔を埋め、彼女の小刻みに震える身体を感じた。
アンドレは、右手に包帯を巻かれた掌と、無傷の左手で、オスカルの顔を包み込む。
互いの顔が、目の前にある。
「オスカル…」
「なに?」
不安そうな彼女の声。
アンドレは、安心させようと笑いながら言った。
「オスカルは、オスカルだよ。それ以上でもそれ以下でもない」
「アンドレ…」
「お前は、お前らしく生きればいい。そう思うけど?…それが怖いか?」
アンドレのガーゼがついた額が、オスカルの白い額を撫でる。
「今までもそうだったように。お前の道を歩けばいいんだ。そして、その後ろに俺は居る」
「本当に?…ずっと…?」
オスカルの蒼い瞳から、ひとすじすうっと、透明な筋が頬を濡らした。
アンドレは、その濡れた頬に唇を寄せ、吸い取った。
「ああ。今までもそうだったようにな。お前さえ良ければ、だけど」
おどけた仕草でオスカルを見つめた。
月明かりが彼女の蒼い瞳の中で、揺れながら輝いていた。
「お前…じゃないと、いやだ…。だけど…」
「だけど?なに?」
「お前の人生を縛る事にはならないか?」
少し涙声に変わっていた。
アンドレはたまらなくなり、しがみつくオスカルの唇に軽くキスをした。
「俺がこの屋敷に来たのは、お前の護衛の為だよ?」
「そうじゃない、アンドレ」
唇が離れた途端に、そう彼女は早口で告げた。
「アンドレ…。お前は私にとって大切な存在だ。護衛とかそんなもの、どうだっていいんだ。私はお前の傍に居ると…そう…安心するんだ…」
「安心…?」
オスカルは頷くと、彼の鼻先に口づけた。
「このお前の香り…。太陽に干した藁のような、優しい香り…そして…私の心が鎮まる、お前の静かな声…」
「オスカル…」
「……昔から…たまらなく好きだ」
「…………」
暫し。
見つめ合う。
互いの呼吸が、重なり合う。
そして…その呼吸に吸い寄せられるように、鼻先が触れ互いの唇がゆるりと重なり
貪るように求めあった。
唇がようやく離れた後。
オスカルは彼の黒髪に指を巻き付け、ふふ、と笑いながらアンドレの胸の中に入り込む。
隙間もない程。
「アンドレ…もう、怖くはない…」
「うん…なら良かった」
「お前が傍にいるなら、怖くない」
「オスカル…」
アンドレは、彼女の背中に優しく腕を回し、夜着越しに感じる華奢なラインを擦った。
「ごめんな、オスカル。まだ腕が痛くて。お前をギュッと抱き締められないんだ…」
ハッとしたのはオスカル。彼から少し身体を離し、黒い男の瞳を見つめた。
「す……すまない…。痛かったか?」
「大丈夫。あと数日で治るよ。ただの打撲だから」
「でも」
「オスカル。今日、色々あったんだろ?夜明け前までに自分の部屋に帰る約束をしてくれるなら、ここに居てもいいよ。そう…子供の頃のように」
オスカルが今夜、口にしたかった事をアンドレが微笑み、囁いた。
「起こしてくれるか?アンドレ」
「うん…それまではこうしているから」
アンドレは仰向けになると、自由のきく右手で、オスカルを抱き寄せた。
うつ伏せに身体半分身を預ける彼女のブロンドの流れる癖毛を、アンドレは撫でる。
何度も、
何度も。
オスカルの耳に、アンドレの心臓の音が規則的に聞こえる。
この温かさ。
この響き。
私たちは生きている。
互いが光のように。
そして影のように。
「アンドレ…以前私に言った、あの言葉は本当か?」
「ああ。本当。…愛しているよ、オスカル。命をかけて。限りなく…」
オスカルはアンドレの胸から顔を上げて、彼を見つめた。
その目は、「お前は?」と言っている輝きに見えた。
「Est-ce que tu m'aimes? Je ne sais pas encore...… 」
オスカルが彼の唇に近づき、そう答えた。
「愛しているのか…。まだわからない」
そう答えた。
「でも。アンドレ。…お前のいない世界なら、私はいらない」
「オスカル…」
「もう少し…待ってて…もうこれ以上、アンドレを傷つけなくないから…。ただ、今は傍に居て欲しい…」
オスカルは、ぎこちなく不馴れな甘えた声でアンドレの広い胸に再び頭を下ろす。
アンドレは仄かに明るいベッドの中で、女神の黄金の髪を再び撫でる。
そうしているうちに。
オスカルはアンドレの胸の上で、安心仕切ったような穏やかな寝顔になり、深い眠りに落ちていった。
アンドレは、ひとしきりその美しく輝く巻き毛を撫でた後、
窓から入り込む、月明かりに目を上げて呟いた。
「J'attendrai pour toujours... Même si c'est pour toujours. Parce que j'attends...」
「ずっと待ってるよ……。たとえそれが永遠だとしても。……待ってるから…」
差し込む月明かりのまろやかな光に包まれた2人。
眠る彼女の陰影の美しさに、アンドレはずっと見惚れていた。
~ きっとその日は、近いから… ~
月が。
そう言ったような気がしたのは。
気のせいだったのか?
アンドレは、彼女の柔らかなブロンドを撫でながら、
月をずっと見上げていた。
~ fin ~
Est-ce que tu m'aimes? Je ne sais pas encore...…
愛しているのか。まだわからない…
2024年5月4日
書き下ろし