~私の大切なもの~その①



18世紀のオスカル、アンドレのある日の休暇の話です。

ちょっとドタバタ?(笑)


日にちは、

8月26日、27日です♥️

…おわかりですね♥️


この小説は、2023年8月12日にpixivにて掲載致しました。








~✨~✨~✨~✨~✨~✨~✨~✨~✨




確かに、ここにしまったのに…。






朝早く起きて、思い出し、

気になりだしたら、もうあちこちを探していた。


「どこへいったんだ…!」

私室で、オスカルは苛ついていた。


「オスカル、そろそろ行くぞ?」
オスカルの私室のドアをノックして、
アンドレが顔を覗かせた。




今日は珍しく2人とも休暇の日。
しかも、明日も。

2人で近郊の領地の視察に行く為、1泊2日の旅の朝だった。


「おい、オスカル。…まだ支度が出来てないのか?どうした?」

「い、いや。なんでもない。馬車で待っててくれ。すぐ下りる」

「荷物は?トランク…」

「ドアの横」

「あ、ああ。これな。持っていくぞ。そろそろ時間だから、他に忘れ物がないように、よく見てから下りてこいよ?」

「わかってる」


……わかっている。

わかっているが……。

持って行こうとしたものが見つからないんだ!

「せっかく用意したのに…」



8月26日の朝の事である。






「何かあったのか?」
馬車の中で、ずっと外を見つめているオスカル。
口元は、キュッと結んだままの、ご機嫌ななめだ。

「なにも」

「そうか。それならいいけど」
ここで少しでも原因の追求などしたら、余計に機嫌が悪くなるのは、昔からの彼女の性格。
よく周知している。


しばらくは黙っていようと
彼は肩をすぼめた。


近郊の領地なので、2時間も掛からずに到着する。
御者は、領地に着いたら一旦、屋敷に帰り、明日の夕刻までには迎えに来る事になっていた。


結局。


その、2時間。

オスカルは腕組み、足を組んだままの体勢でアンドレを見ないまま、話もしないまま、
領地に到着した。

(あんなに、2人きりで過ごすのを楽しみだと喜んでいたのに…何か俺が悪い事をしたか?)

昨夜は、2人でワインを結構飲んで、楽しくお喋りをして、

明日の朝が早いから、と、寝室には入らず

寝椅子に2人寄り添い、抱き合い、指をからめ合い……

………おやすみの口づけをして、オスカルの部屋を出た。






「あ!それか?」
と、2人分のトランクを持ちながら、思い出したようにアンドレが思わず口に出す。

前を歩いていたオスカルが振り返り

「なんだ?」

目尻がつり上がっていた。

「い、いや。なんでもない」

そういうアンドレの顔をじっと見つめると、
オスカルは、ブロンドをひるがえして、また前を歩きだした。



(昨夜のスキンシップが足りなかった…のが理由?)



たまに、そういう言葉を後日、言われた事は何度かあった。

でも、今日は朝早く出発だったし、
今日から、2人きりじゃないか。

(愛しいお嬢様のご機嫌を取るのも、俺の役目だしな…多分、昨夜の事だろうな…)

だんだん、足取りも、
トランクも重く感じた。

オスカルに謝らないとな…。

そればかり、今は頭の中でぐるぐると思考が回っている。

「アンドレ、遅いぞ。あと、トランクはお前の分も、私の部屋に置いておくように」

「え?」

「いいから、置け。やっと久しぶりに、2人きりになれたんだ。一緒の部屋で過ごす」

言葉尻が強めだけど。

見るとオスカルの顔が仄かに赤らんでいた。

怒っている訳ではなさそうだ。

何か理由があるのならば、
きっとオスカルから話してくれるだろう。
そう、アンドレは思って、トランクを私室に並べて置いた。


「ここは管理人が日中、くるだけだよな」

「…ああ…」

オスカルの返事は妙に上の空だ。

「じゃあ、領地の近くに町があるから、何か食材を仕入れてくるよ」
と、一度脱いだ上着を肩に掛けた。

「だったら、私も行く」

「え?食材買うだけだぞ?しかも馬はこの別邸には1頭しかいないし…」

「2人で乗ればいい。町に用事があるんだ」

(町に用事…?田舎の町だぞ?)

「アンドレ、早く行こう。急がないと昼になる」

「あ、ああ。わかった」



厩に1頭いるおとなしいグレー毛の品の良い馬に、2人は股がる。
オスカルを前に、アンドレが彼女を包むように手綱を持った。


町までは馬で20分位の所にある。




馬を休息場に預け、
アンドレは、食材を買いに向かおうとし
「オスカル、滅多に来ない町だから、俺と一緒に行動しろよ」
と、言うが

「いや…用事があるんだ。食材探しはアンドレ、1人で行ってくれ。1時間後にこの教会前で集合だ」

「…わかった…絶対、迷うなよ」

「わかっている!」

(また怒らせてしまった…。やっぱり昨夜のせいかなあ)

アンドレは荷袋を片手に市場へと向かった。

振り返ると、既に人の波にオスカルの姿は消えていた。








(……確か…この町にも、あった筈だ)

オスカルは、貴族とはわからないように質素な私服で色々歩きながら、町のあらゆる店を覗く。


(あ!…ここだ!やっぱりあった!)


オスカルは、ゆっくりと店の扉をノックして、ドアを開けた。

「……いらっしゃい。何か用かね?」
いかにも職人らしい老人が、古びた作業場で、オスカルと目も合わさず、喋った。

店内は、販売用、修理中のあらゆる時計が並べられ、飾られていた。


「あの……ご主人。今日、どうしても買いたいものがあるんだが」

美しいアルトの声で、職人はようやく顔を上げた。

「お前さん…女かね?」

「ああ。そうだ。旅で、女1人でうろうろしていると危険だから、男装している」

「ああ。そうかね。…で?今日どうしても買いたいものとは何だね?」

オスカルは、店の入り口から、職人の居る作業場に近づいた。



「実は…」

オスカルは、職人に事情を説明すると、
「では、これならどうかな?真鍮の細工が細やかで、磨きもかなりいい」

「ありがとう。ではそれで」

「もし、そのもう1つのものが見つかったら、どうされるんだね?」

「来年のプレゼントにする」

「ははは、2つはいらないだろうよ」
主人は笑った。

「じゃあどうすれば?」

「もし、こちらに滞在中に見つかれば、同じ刻印を彫ってあげよう、それをお揃いにすればいいさね」

「わかった。見つけて、もし間に合えばこちらに持ってくる」


それをお金を払って受け取ると、オスカルは待ち合わせの教会に向かった。

時計をみたら、1時間半過ぎていた。



「オスカル。遅刻。…何処へ行ってたんだ?」

「以前、お世話になっていた所に挨拶してきたんだよ」

「そうか…。じゃあ買い物もワインも買って来たから、帰宅したら料理の支度をするよ」

「あ、ああ。ありがとう」

馬の上で、オスカルは彼と共に手綱を持ち、アンドレの体温が背中から伝わり、胸が熱くなってゆく。

オスカルのベストのポケットには、先ほど購入した、小さな箱が入っていた。

中身が鳴らないように、オスカルはポケットに手を添えて、気を使いながら、馬の走りに揺られていた。






昼食は軽めに作り、食事を終えると、2人は民家もまばらな、広大な麦畑の道を散歩した。

まだ青々としている麦は、秋になると一面黄金色に変わるだろう。

「その頃は、きっと美しい風景だろうな…」

オスカルはアンドレの手を引き寄せて、指を絡めながら歩いた。

アンドレも、他人の目を気にせず、隣の美しい恋人の肩を抱き寄せる。

今日は雲っていて、風も涼やかだ。

いや…


これはもしかして…


「オスカル、帰ろう」

「どうして?いま出てきたばかりじゃないか」

「風が出てきた。雨が降るぞ」


アンドレがそう言っている間に、みるみる雲は黒くなり、ポツポツと空から滴が落ちて来た。

「ほら!来たぞ!オスカル」

「う、うん…」

アンドレに強引に引っ張られ、屋敷まで2人で走った。

屋敷の門を抜けた頃には、2人ともずぶ濡れ状態になっていた。

「あー、ごめんな。散歩のつもりがお前をこんな目に合わせてしまった」
部屋に戻ると、アンドレは大きなリネンを持ってきてオスカルの濡れた髪を丹念に拭く。

「さっき管理人の夫婦に、湯を頼んだから。服を着替えたら、湯浴みをしてこい。俺は隣の部屋で着替えてくる」

「アンドレは?」

「ん?」

「アンドレもびしょ濡れだ。後で湯浴みをしてきて。それが済んだら夕食まで少し休もう。2人で」

オスカルは濡れたベストを脱いで、アンドレに近づき、そう言った。

休みの日は、彼女は胸をしめつける為のコルセットをしない。
濡れたブラウスから、素肌が透けるように見えた。


ちょっと待って…!オスカル、お前、今の自分の濡れた状態を判ってるのか?
む、胸が透けて見えるぞ!?

慌てたのはアンドレの方。

心臓がドキドキしてきた。

「わ、わかった!早く温まってこい」
オスカルにリネンを頭から被せると、廊下に連れ出した。
「ゆっくり温もってこいよ」
そう優しく言うと、アンドレはドアを閉めた。



あいつ、本当に無防備な所があるからな…。
そんな所が可愛いんだけど…。

先ほどみた、透けたブラウスから見えた形の良い胸のラインがよみがえり、ブンブンと首を振った。
「落ち着け俺。男は余裕と余韻を見せないと」




アンドレも、濡れた服を全て脱ぎ、リネンでしっかり拭うと、持ってきた服に着替えた。




一階の調理場で、夕食の支度をしていた夫婦に、町で仕入れた肉や様々な保存食を渡し、アンドレは
「一泊だけど、宜しくお願いします。これはお二人で食べて下さい」
と、相変わらず気配りの男だ。
管理人夫婦は喜んでお礼を延べた。

夕食は、オスカルの部屋に夜7時に持って来て欲しいと、取り敢えずお願いする。
その後は、自分が片付けるから、帰宅して、また明日来て欲しいとも伝えた。



そうして、アンドレも湯浴みを済ませ、彼女の私室に戻ったのは午後3時を回っていた。

遅いぞ!
と、言われるかと思っていたが、
余りにも静かなので寝室を覗くと、オスカルはすっかり寝台で寝息を立てている。

「普段から疲れてるし、さっき雨に濡れたから余計疲れたかな…」
寝台でこちらを向いてスースーと可愛い寝息を聞いていると、もっと聞きたくもなる。




アンドレは、寝台に入り彼女の横に身体を伸ばすと、腕枕をしながら恋人を見下ろした。

少し濡れた黄金の髪に触れる。
甘い香油の香りがした。




美しいブロンド
凛とした眉
薄いピンク色をした唇
切れ長の閉じた瞳

透き通るような白い肌


どれだけ、表現しても

視界に映るオスカルの美しさは、言葉では形容出来ない。


恋人の美しい寝顔を見ながら、
アンドレは、微笑み…

次第に自分も眠りに落ちて行った。








オスカルが、人の気配で、パチリと目が覚めたのはその30分後。

「アンドレ…いつの間に…」
と、言うか。


私が寝てしまった!


仰向けで寝るアンドレの寝息を確かめると、
オスカルは寝台からスルリと下りた。

(さっき買ってきたあれは、ポケットからトランクに移し替えた。で、朝から探しているものを探そう。ここに持ってくる為に何処かにしまったんだから)

寝室を出て、自分のトランクの中身を探してみる。

「…ない…。ない…!どうしよう……」

トランクの中も、それはなかった。

ごそごそしている音が聞こえたのか、
「オスカル、起きたのか?」
アンドレが寝室から顔を覗かせた。


「なんでもない!」

慌ててトランクをバタン!と閉じたが、オスカルは指を挟んでしまった。

「痛ッ!」

「どうした!?」
アンドレも慌てて、オスカルの傍に駆け寄る。
中指の皮が少し剥けて血が滲んでいた。

「あー、痛そうだ…。ちょっと待って」


アンドレは自分のトランクに常備している治療箱を取り出した。
「……ん……?」
治療箱の下に、小さな箱が入っている。緑色のリボンが可愛らしいラッピングの、見た事がない箱。


「オスカル……トランクの中を探してたのは、これ?」
「……あ!!なんでアンドレが!?」
「俺のトランクの中に入ってたよ」
「まさか……!?」

「とにかく、指を治療しよう。ほら、このリボンの箱を持って。寝室で治療するから」
「アンドレ…中身、見たのか?」
「え?見る訳ないじゃないか。いま見つけたんだぞ?」
「なんで、アンドレのトランクに…」


見つからない訳だ。


寝室に促され、オスカルはベッドに座らされた。

アンドレは彼女の指の怪我を治療しながら言う。

「昨夜、お前、ワインで泥酔して、笑いながら俺に誕生日プレゼントだ~!とか言って、その箱を見せてくれたような記憶がある。…俺も酔っ払ってたから、受け取ったのか、そうじゃないのか覚えてないけど…」

「アンドレ…!」
その声は低く、ドスがきいていた。

「な、なに?」

「……それだ!」
怪我していない方の指がアンドレの顔面を指した。

「だから、なにが?」

「今日、何日だ!」

「26日。8月26日……です…」

「そうだ。お前の誕生日だ。その箱を開けてみろ」
治療を終えたアンドレが、治療箱を自分のトランクに戻し…
「見ていいのか?」

「プレゼントだから当たり前だ」


緑色のリボンをシュルッとほどき、ベルベットの箱を開けた。

「オスカル、これ…」

そこにあったのは、懐中時計だった。
3時と9時の所に磨かれた黒曜石が埋め込まれ、12時と6時の所にサファイアの石が埋め込まれている。
「俺たちの瞳の色……?」

ようやく、任務を完了した脱力感からか、オスカルの声色は、夜の時のように優しくなった。

「そう。私たちの瞳の色だ。裏をみて」

時計の裏には 

amour a' et o


amour…その言葉は、愛情。
a' et o それは、アンドレとオスカルと言う意味。

「嬉しい…。ホントにもらっていいのか?こんな高価なもの…」

「当たり前だ。お前に渡す為に作らせたんだ」

アンドレの顔が満面の笑みになって、くしゃくしゃだ。
(誰にも見せないこの顔。幼い時から、私だけに見せる…その、少年のような可愛いアンドレの笑み…。)

アンドレに優しくキスをして、
「気に入ってくれて良かった!」
と、寝台でアンドレを押し倒した。

「あ!痛いッ!」
唇をゆっくり離し、アンドレが怪我をしている指を見つめ、キスをした。
「怪我してるんだから、もう少し自分に気を遣えよ」
笑いながらアンドレが言う。

「で?指を怪我した原因の、お前のトランクの中に、何があるんだ?」

「…あ!!」

アンドレの黒髪に腕を絡ませていたオスカルは、



思い出した…。


「プレゼントの懐中時計を無くしたと思って…さっき…買ってきたんだ…」

ああ、それで。
あんなに、急いでたのか。

俺の為に…。

「オスカル…」

「うん?」

「俺は2つもいらないから、裏に同じ印を付けようか。で、お前が持ってて欲しい」

「……さ、さ、先に言われた…。そうしようと思ったのに…」

オスカルが軽く拳を、彼の胸へと2、3度叩いた。

「何て印をつける?」
アンドレが微笑んで、オスカルの顔を覗き込む。

彼女の顔は、真っ赤だった。


「amour o et a' …」

そう呟いて、アンドレの胸の中に飛び込んだ。

「ちょ、ちょっと!苦しいって!オスカル!」

「言わせるな!恥ずかしい!」

「俺は嬉しいよ。じゃあ、今からその店に2人で行こう。彫り込む作業だから、すぐ出来るよ」

「…え?…今から?」

夕食まで2人でゆったりしようと思ったのに…。

そんな顔をしているオスカルの表情を見抜いて
「今日彫金してもらえれば、明日まるまるゆっくりできるよ」

「わかった!行く!」





そうして。


その店で、急いでお揃いのように彫金してもらい、別邸に戻ったのは午後6時。

オスカルが持つ事になった懐中時計の秒針の先に、サファイアと黒曜石の小さな石を並べて付けてもらった。



寝台で2人寝そべり、2つの懐中時計を並べて
2人でしばらく眺め、
心拍数のような音を聞き、

「間に合って…良かった」

「ああ。ありがとう」

「アンドレ、誕生日おめでとう」

オスカルの唇が彼の頬に優しくキスをする。

「そして…」
と、オスカルは続けた。

「アンドレを産んで下さった母君、父君に感謝と…」

「……おばあちゃん?」

「そう。ばあやにも感謝だ。ばあやが母君を産んでくれなかったら、お前は産まれなかった。私の愛しい、世界で一番愛しているお前は、産まれなかった」
アンドレは、オスカルの肩に手を回した。



「そうだな…。連面と繋がる命の一部に、俺もお前もいて…。そして、出逢って…。お前は、何も持たない俺を愛してくれた。今でも信じられない位だ」

「全てが……。お前に繋がる全てが、私にとって一番大切なものだ……アンドレ…」

「なーに?」

「なーに?じゃない!真面目に聞け」
アンドレは彼女の耳たぶに唇を付けると、優しく囁いた。
「いつも真面目だよ。知ってるくせに」

「わかったわかった。もう言わない」

オスカルが急に寝台でプイッと背中を向けた。

「ああ!ごめんッてば!」

慌ててアンドレが華奢なオスカルの背中から抱きしめた。

「ごめん。言って、オスカル」

「………………」

「………愛してる。だろう?」

ぐるんとオスカルは向きを変えた。

「また!先に言った!」
そう言ってむくれた唇を、



アンドレは
「祝ってくれて、ありがとう。ずっとずっと、俺もお前を愛してるから」

そう囁き、ピンクの唇に深く深く口づけた。





オスカルの私室の外で

夕食を持ってノックをしようとしている夫婦の事は、


2人はまだ気がついていない。



8月26日の夕刻の事である。





fin

アンドレ誕生祭を祝って♡









この小説は、2023年8月12日にpixivにて掲載した小説です。

一部、修正をしています。