~ madrigaux à vent ~風のmadrigal 後編
ベルサイユのばら 辻馬車襲撃事件外伝



18世紀の小説
 後編です。

いやはや、一回で終わらなかったわ〰️!
前編、後編で書くことにしました。



ベルサイユのばら6巻の、辻馬車襲撃事件の直後から、物語は始まります。

今回は、アンドレが重症を負い、記憶を一時的に失くす、と言う物語です。

私は医療従事者なので、頭を強く打ち、記憶を一時的に無くしていた患者さんから、その時の話を色々聞いた事があります。

それをベースに、辻馬車襲撃事件のサイドストーリーを書いて見ました。時系列違ってたらごめんなさい!

オスカル、ちょっと切ないです。
でも、ミスをしたのはオスカル。
アンドレはいつも、身を挺して彼女を守ってきました。

アンドレの記憶喪失は治るのか?

お楽しみにご一読くださいませ。

~ madrigaux à vent ~風のmadrigal 
風のマドリガル
南野陽子さんの歌です。
南野陽子さんのスケバン刑事シリーズの歌が大好きで、歌詞も曲調も切なくて。
今回のタイトルにさせて頂きました。


巷では、7月の12日、13日、14日は、
ベルばら三が日と呼ばれてるんですね。
久しぶりに絵や小説を復帰した私は、全く知らなかったです(笑)


こちらの小説はpixivで7月に書いた作品です。







~✨~🌹~✨~🌹~✨~🌹~✨~🌹~✨~🌹





アラスの草原は

時折、強い風が吹いていた。

昼だと言うのに、雲が掛かり出し
遠くの空が暗く影を落としてきた。



広大な草原を、オスカルとアンドレは遠乗りに出て


小川で馬達に水を飲ませ、ひとときの休息をしている。

「オスカル…」
「ん?なんだ?」

アンドレは、小さな野の花を撫で、視線を下ろしたまま呟く。

「俺は…思い出せるんだろうか…その……」
「私との関係を、か?」
「ああ。話は全部聞いたんだけど…。どうしても現実味がなくて」
草原に座る二人。

オスカルは、隣にいるアンドレの手に、自分の手を乗せた。
アンドレが、ハッと振り向く。

「無理をするな、アンドレ。きっと思い出す」
「オスカル……」
「大丈夫だから」

安心させるような囁き。

ああ、この声が好きだ。
その微笑みも。

だが。
では、何故、思い出せないのだろうか。

オスカルだけを…。

なぜ…。


暗く見つめるアンドレの顔色に、不安を感じ
オスカルは
「どうした?痛むか?アンドレ」
と、白い指先が彼の黒髪をそっと撫でる。


と、その時

遠くで、稲光がした。

もうすぐ雨が降る。

「アンドレ、帰ろう。雨が降るぞ」
「ああ、そうだな。わかった」




屋敷まで辿り着く前に、二人は大雨に巻き込まれ

厩に着く頃には、もう髪も服もずぶ濡れだ。

二人はお互いを指差し、ずぶ濡れ姿を見て大笑いをした。

屋敷に戻り、侍女が
「湯浴みのご用意をさせていただきました」
と、オスカルを呼び止めた。
「わかった。アンドレも湯浴みして、後で私の部屋に来て欲しい。夕食を一緒に取ろう」
「でも、俺は一緒には食事は出来ないよ」
俺は平民だぞ…

アンドレの返事が気に入らなかったのか、
オスカルは不機嫌な顔つきに変わる。
「独りで食事する事ほど、味気ないものはないぞ。付き合え」
「わかった…」
オスカルは、アンドレとすれ違い様、わざとクラバットをほどいて、彼に渡した。

アンドレは、オスカルが行く方を、暫く見つめる。





侍女が、今度はアンドレに荷物が届いていると、一階の大広間の前に置かれた木箱を指差した。

「俺に?」
「心当たりはないの?アンドレ」
「……差出人は?」
「ジェローデル…と、手紙もあったわ」

ジェローデル………

「あ…!!」

頭が、鈍器で殴られたような頭痛がまた起こった。

思わず、近くにあったチェアーにもたれ掛かる。

「アンドレ!?大丈夫!?」
「あ…ああ。大丈夫だよ。あの荷物は、オスカルが湯浴みから出てきたら、開けるよ」



二人とも湯浴みを済ませ、夕食を共にすると、アンドレが例の木箱の話をした。

「ジェローデルが?アンドレに?なぜ?」
一階の大広間の入り口に置かれた木箱を開けるように、使用人に告げた。

「手紙もある」
アンドレがオスカルに手渡した。


「親愛なる、アンドレ・グランディエ
先日の事件で負傷され、一時昏睡状態だったと聞き、また、オスカル様の記憶を無くされたとも伺いました。差し出がましいですが、見舞いの品をお受け取りください  F・ジェローデル」

「ふざけている。まるでアンドレが記憶喪失になったのを喜んでいるようで、腹が立つ!」
オスカルは、手紙をチェアーに投げた。

木箱を開けてみろ、と使用人に促すと
中身は、真っ白な薔薇の花束が、高級な花瓶にたわわに飾られていた。


アンドレの頭痛がさらに増す。
オスカルが文句を言っている後ろで

アンドレは意識を無くした。






「アンドレ!気がついたか!?」

「まぁ、まだ痛いけど」

「何故…頭痛が治らないんだろう。何か身に覚えはないのか?」

「そう言えば…」
と、寝かされた寝台の中で考えてみた。

「いつも…確か…ジェローデル様の名前を聞いた時に…訳もなく…」
「ジェローデル?何故、彼の名で…?」

彼女の口から発せられたその名で、また激しい頭痛がアンドレを襲う。
「う……あ……!オスカル……オスカル…」
「アンドレ!しっかりしろ!アンドレ!」





「お願いだ……結婚…は……やめて…く…れ……俺の…オスカ…」

結婚はやめてくれ?

あ…嗚呼、もしかして…原因はこれなのか…?
アンドレが私の記憶を無くした原因とは…。

もしかして…



アンドレは、激しい頭痛で寝台で頭を抱えて苦しんでいる。
オスカルが手を差し出しても全く役に立たない程に。

「アンドレ!」

アンドレは、痛みに耐えきれず、また意識を飛ばした。


だけど

オスカルの囁くような声が

ずっと

ずっと、聞こえていた。



私はジェローデルとは結婚はしない
アンドレ、心配するな

ジェローデルに伝えたんだ

愛は、愛しい人の不幸せを望まない

ここに。一人の男性がいる
彼は私が他の男性に嫁いだら、生きてはいけないだろう程に、私を愛してくれていて…
もし、彼が生きていく事が出来なくなるなら…

私もまた、この世でもっとも不幸せな人間になってしまう……。

私はジェローデルにそう伝えたんだ、アンドレ…。

だからもう

結婚話はなくなったんだ…





ああ。
そうだったのか…。
お前は、そう言ったのか…。

俺は不安だったんだ。
お前が俺と離れて行ってしまう…

それを思うだけで、苦しくて苦しくて



再びアンドレのまぶたが、ゆっくりと開いた時

目の前にいた。


「……俺の……愛しい…人…」
「ア……アンドレ…?」

「…思い出したよ…オスカル…」
アンドレの目尻に涙がひとつ流れた。

「本当に?私の事を思い出したのか…?」
「…ああ…思い出した……愛しているのはお前だけだと…」
オスカルが大きな温かい手を握る。

彼女の美しい瞳から、ぽろぽろと涙が頬に伝って

握られたアンドレの手のひらに、幾つも零れ落ちた。





「すまなかった…お前をこんなにも苦しませていたなんて……知らなかった」
アンドレは首を横にふる。

「だから。だから私だけの記憶が、お前には苦しすぎて」
「もう言わないで。オスカル、もういいんだ。思い出したんだから。お前のせいじゃない。俺の……俺の弱さだ」
「アンドレ…」

ベッドサイドに座っていたオスカルの身体を、アンドレは優しく抱きしめた。


自然と互いの髪の中に顔を埋める姿勢になる。

「アンドレ……お前の髪の香りが…陽だまりのようで…好きだ…」
オスカルの両腕が、ゆっくりと彼の背に回る。
広く、安心する、その背中に。

「俺も、お前の好きなところを、あげれば切りがない位あるよ」
「言ってみて」
「お前の放つ花のような甘い香り。美しい瞳、唇、神話の女神のような顔立ち。しなやかな手。笑うと幼い頃の顔になる。あと…」
「あと?後はなんだ?」
オスカルは少し身体を放して、いたずらな眼差しでアンドレの漆黒の瞳を覗き込んだ。


「じゃじゃ馬なところ」
「アンドレ!」
オスカルの右手が拳を作り、振り上げそうになるのを掴んで

アンドレは優しく口づけた。

「じゃじゃ馬な所も、俺は愛してる」
「…変わった趣味だな」
口づけのあと、顔を赤らめたオスカルが、そっぽを向いて答えた。
だが、互いの温もりから離れたくないように、2人は抱きしめている。

「…アンドレ。今回の事で私は気づいたんだ」
「なにを?」
「私は、お前なしでは生きてはいけないんだと」
「オスカル…」
「お前に愛されている事を知りながら、その大切な気持ちを、どう受け止めていいのか…判らなかった。そんな私を…許して欲しい…」
「いいんだ。そんなふうに思うな」


見つめる互いの瞳。


オスカルは、抱きしめて離せないでいる彼の形よい唇に口づけた。

口移しで、水を飲ませていたあの感覚ではなく。

互いが求め合う、その唇に。




唇が離れると、オスカルは彼の胸に頬を当てた。
アンドレの腕が彼女の華奢な背中を優しく撫でる。

「私は…お前を愛している。…でも…まだ少し怖い…。慣れていない…から…」
「うん。わかってる。わかってるよ」

大きな手のひらが、オスカルの頬を包む。

アンドレは、幼い頃の少年のような笑顔を見せた。

「オスカル、ひとつお願いがある」
「なに?」
「今夜は抱きしめ合って寝て欲しいな」

美しい蒼い眼差しが、少し潤んで
口元が動いた。




「Droit sur. Si c'est ton bonheur, alors c'est mon bonheur...」

(いいわ。それがあなたの幸せなら、それは、私の幸せだから…)





愛は、いま始まったばかりだ… 

互いに、近く近く

たましいを寄せあう愛は…












後編

 fin