ici là partout……  (here there & everywhere ) 
~冬の神話~


#ベルサイユのばら
#2次創作小説
#ladyOscar
#ラブストーリー







今年の12月は、例年になく雪がよく降る。


先日、パリ巡回後に風邪をこじらせたオスカルは、
復帰後、軍務の日常に戻った。

勿論、看病していたアンドレも同日復帰した。

あれから数日…

司令官室で、溜まりすぎた書類に目を通し、決済のサインを何枚も書いていて、


はーッ!

っと、息を吐くと、ペンを置いた。


向かい合わせの机で、同じように書類の確認をしていたアンドレが、その声で顔を上げる。

「オスカル、どうした?」

オスカルは目頭を押さえて、笑っていた。

「息をするのを忘れてた」

「は?」

「書類、書類で、ずっと文字を追っていたら、段々文字の意味が分からなくなる…そう言う時がないか?アンドレ」

「で、集中し過ぎて、息をするのを忘れたのか?」

オスカルは、自室でやるような、伸びをした。
長い両腕を天井に向けて伸ばす。

「……つ…かれた……」

そう、息をゆっくり吐きながら、オスカルは呟く。


「朝からだからな…。ノエルの休暇も明日からだし。あと少しだから。ちゃんと片付けて、しっかり休もう」
と、アンドレが言うと、彼女は頷く。



書類の束をトントンと揃え、アンドレは処理し終えたものを、箱に入れた。

「あとどのくらいあるんだ?アンドレ」

「そうだな…。お前の筆跡を真似て処理した書類もあるから、あと15枚位かな」

「私の筆跡を真似る技も身につけたのか!?」

「ほら、これ」

アンドレは、1枚の筆跡を見せる。

「……本当だ…。私のサインだ」

「伊達に何年も傍にいる訳じゃないよ」

笑うアンドレにつられて、オスカルも笑った。



また外はチラチラと粉雪が降り始めた。

「オスカル、残りは俺が処理する。すぐ終わるから、お前は屋敷に帰る準備をして」

「ん…。わかった」

夕方になると陽も落ちるのが早い。

窓の外もあっという間に鈍い灰色に変わっていた。

第2班の隊員達は、既に寄宿舎に戻り、夕食を済ませた頃だろう。

オスカルは窓の傍に寄り、粉雪舞う天を見上げた。

舞い降りる雪を目で追いかけると、自分の身体が天空に上がるような感じになる。

そして、今夜も冬の星座は見れないか…
と、思った時


幼い頃、同じ事を考えた事があった。

と、ふと思い出す。



「済んだぞ。オスカル…」

アンドレが振り返ると、オスカルは灰色から闇間になろうとする雪ふる窓の上をずっと見上げていた。


何を見上げてるんだろう?と、傍に行く。

有るのは、天から果てなく降り続く白い雪。


まるで、天使の羽根のように、ふわふわと舞い降りている。



オスカルの顔を見ると、懐かしさと哀しみが混ざりあった、複雑な…

そして、美しい横顔。

アンドレが、彼女の左手をそっと握る。

オスカルが、すぐ傍らにいるアンドレの顔を見つめた。

そして、アンドレの厚みのある手を握り返す。

「オスカル、帰ろう。雪が酷くなる前に」

「なあ、アンドレ」

「ん?」

「冬の星座……、これでは観れないな」


急にロマンチックな声色になる彼女に、アンドレは何と答えていいか戸惑った。


いつもなら、彼女の思考回路の先読みは、子供の頃からの長い付き合いだから、何パターンか想定する。

が、2人の関係が、幼なじみ、従僕と言う表向きの関係から、秘めた愛を育みだして、
時々、わからなくなる時がある。


「アンドレ」

「なに?」

「今夜は、お前の屋敷の仕事は全てキャンセルさせた」

「え…?」

「と、言うか、明日からの隊の休暇が明けるまで、全てキャンセルだ」

「どうした?屋敷の仕事も結構あるんだぞ」

「明日はノエルだ…」

「ああ。ノエルだな。そして、お前の産まれた日だ。忘れてないよ。ちゃんと覚えてる」

「ミサが済んだら、2人きりで名目上、アラスの視察に行く約束も?」

「ああ。ちゃんと荷物は用意してるよ」


オスカルは、ほんの少し微笑み、アンドレの手を離して、その手を窓ガラスに触った。
そのまま、また雪ふる天空を見上げる。

アンドレは、気になったので聞いてみた。

「空に何か見えるのか?」


ああ…と、呟き

ふふ、と笑う。

「昔話を思い出した」

「どんな?」

「長くなりそうだから、夜、お前がショコラを持って来てくれた時に話すよ」

と、言い終わる前に、窓の長いカーテンを勢いよく2人に巻き付けると、
オスカルはカーテン内の密室で背伸びして、愛しい男の唇に軽く口づけた。

「こら!オスカル!……心臓が止まる!お前の口づけはいつも突然だからな」
「よく言う。この前、私の林檎を奪い取った仕返しだ」

分厚いカーテンを巻き付け、誰にも見えない至近距離で、オスカルは小娘のように笑ってみせた。

そして、その中で


何度か2人は唇を奪い合った。






夜になり、ジャルジェ家の晩餐が終わると、
時間を見計らって、夜半
ショコラをトレイにのせて、アンドレはドアを小さく4回ノックする。

そしてもう2回ノック。

これが2人の合図。

ドアが静かに開き、恋人が持ってきたショコラを、

メルシー、と笑顔で受け取り、背伸びして、恋人の頬にキスをする。

ほんのひとときの、2人だけの時間が始まった。

だが、今夜は
アンドレにとって少し緊張感をもって、彼女の部屋に入ったのだ。
気取られないよう、平静を装って。





「雪……、止んだようだな」

寝椅子の前にサイドテーブルを置き、トレイを乗せると、そのアンドレの声で窓際に近寄った。

今日は、雪の事が気になるみたいだな。
アンドレも、オスカルの横に行き、
雪が止み、雲ひとつ無い冬の空を見上げた。


ショコラを飲み終えたオスカルが

「今夜は見えそうだ」

と、微笑みを浮かべる。

「空に何が見える?」

そう聞くと、オスカルは隣の愛しい男に、透き通るような微笑みをした。


「アンドレ。幼い頃を思い出したんだ」

「幼い頃…?」

オスカルがアンドレの腰に手を回す。
アンドレも、オスカルの肩に手を添えて、我が身に寄せた。


「星座の物語」

「ああ。俺がこの屋敷にきた年のお前の誕生日に、奥様から星座の物語の本をプレゼントされて、それを一緒に見たよな…。俺の部屋にお前が忍び込んで」

「そう。2人でギリシャ神話の星座の物語に、涙したり…」

オスカルは、ウェーブのかかったブロンドを、アンドレにもたれ掛かけ、星空を見上げた。

「アンドレ、覚えているか?オリオンとアルテミスの悲劇を…」

「うーん…。おぼろ気に」
肩をすくめて、彼は笑いながら抱き寄せる美しい彼女を見つめた。

「でも、たしか…オリオンは背が高くて、ハンサムで、優しい神だったよな?」

そう言うと笑いながらオスカルは、

まるでお前のようだな、と囁く。



オリオン座の物語…


オリオンとアルテミスの恋


オリオンは背が高く、狩りの名人で、
同じく、狩猟の女神アルテミスと一緒に狩りをするようになりました。

いつしかアルテミスは彼に惹かれてゆき、
女神に従う者達も、二人の関係を噂しはじめました。 その噂を聞いた兄アポロンは

「オリオンは、妹の恋人に全くふさわしくないではないか」と、アルテミスに、二度と逢うなと言いました。
が…アルテミスは兄アポロンの命令を拒否。 

それに怒り狂ったアポロンは、 とある日、
オリオンが頭だけを出して海を渡っているのを見つけ、アルテミスにこう言いました。 

「遠くに見える小さな島に、矢を命中させることはできるか?出来るなら褒美をやろう」 
アルテミスは即答しました。
「私は狩人の名手です。そのような簡単な事」 
と、アルテミスは弓矢を取り出し、矢を放ちました。 
矢は、みごとに島に命中しました。
が、島は一瞬揺れると、海面からズブズブと消えてしまいました。
すると、海面がみるみる赤く赤く染まり始め、
即死したオリオンが海面から浮かび上がってきたのです。
 悲鳴を上げ、アルテミスは兄アポロンの謀に気付き、大声で泣き叫び
「お兄様!酷い!私を騙すなんて!」 
嘆きの女神は、愛しいオリオンを天に舞いあげ、
力強い姿の星座にしました。
巨大なオリオンの星座は、獅子の黄金の毛皮をまとい、こん棒を振り上げたたくましく勇ましい姿。
その後ろにはオリオンの猟犬セイリオス。 

アルテミスはこの悲しみ、悲劇から、二度と恋をすることをしませんでした。




「オスカル…」


「うん?」


「久しぶりに思い出した。よく覚えてたな。なんだか急に悲しくなったよ」


「神話とは大概、そんな話ばかりだな。辛くて…悲しくて…多分、ギリシャ神話だけじゃなく、どこの国でも、悲劇の物語が作られているんだろうな」

「ああ」


「人間と同じだ」


と、オスカルが呟いた時、暖かい部屋の窓からでも判る程の、流れ星が一瞬煌めいた。

「あ!みたか?アンドレ!流れ星!」

「ああ、見えた!美しかったなあ…」

「祈り事はしたか?」

「俺?」


「そう!何か祈ったか?」


「俺は、もう願い事はかなってるから」

苦笑いをしながら、オスカルの額に口づける。

彼女は、いま、心は幼い時に読んだ悲恋の神話を思い出したせいか、幼い心のまま、流れ星にひどくこだわっていた。

それが、とても愛おしい。

アンドレは、いまがタイミングかな、と

ポケットから小さな箱を取り出し、星明かりの中で、オスカルに渡した。


「オスカル。開けてみて」

「え……?これは…?」

アンドレの形よい唇の動きを、オスカルは見つめた。



ベルベットの小さな箱から現れたのは、


銀の指輪。

中央に、透き通る青い輝石。

知り合いの宝石商から、自分の給料で買える輝石をと頼んだら、小さいけど、珍しいジルコンと言う石が手に入ったからと、アンドレの母の形見の銀の指輪の中央にカットして、埋め込んでくれたんだ。

と、はにかむ笑顔で、オスカルを見下ろす。

「このジルコンは、安眠を誘い、悪い虫を追い払うとも言われたよ。悪い虫って…おかしいよな」





オスカルは、ジルコンの青い輝石と同じ色の目を、次第に潤ませて、アンドレに抱きついた。

「もらって…いいのか…?」

「ああ、もちろん。おふくろから亡くなる時に言われたんだ。この指輪は、お前が愛した人に渡しなさいって」

「………」

オスカルは、涙をぽろぽろと流し、アンドレを見上げている。
喋れない程に。

「古いデザインだから、お前の瞳の色の輝石を入れてほしくて、職人と色々相談して作ってもらった」


「………」


「オスカル?ああ、もう泣かないで。泣かすつもりはなかったんだ。びっくりしたか?」

頷くと、また輝石のような涙がこぼれる。

それをアンドレは、唇で吸い取った。


「アンドレ…」

「うん」

「嬉しい…。本当に…。ありがとう…」

そして、こう続けた。

「女に産まれて良かった…。お前に出逢えて…良かった…愛してくれて良かった…」

アンドレの胸に箱ごと寄り添う。

彼は、ブロンドにキスをすると、

「一日早いけど、誕生日おめでとう、オスカル」

彼女の手の中にある指輪を、アンドレはそっと取り


「指にはめてもいいかな」

と、照れくさそうに笑った。

白い左手が、星明かりの元、愛しい男に向けられる。


アンドレは、うやうやしくお辞儀をすると、
差し出された白い左手の薬指に指輪をはめた。

「似合うよ」


オスカルは、涙を流しながら



星明かりに左手を上げる。

小さな蒼い輝石は、星明かりでも、
涙のように美しく輝いた。


「どうしよう…」

まるで少女のような声で、オスカルが呟く。


アンドレは抱き上げた。

「ん?何が?」

オスカルの腕が彼の首に巻き付くが、左手を彼女はずっと見ている。


「星座のオリオンの物語は悲劇に終わったが…」

「……が?」

「今生のアルテミスは、オリオンと結ばれたんだ」

2人の事をオリオンとアルテミスの生まれ変わりのように、アンドレに囁く。

胸が高鳴らない理由がない。


「ああ。今度はちゃんと俺が、アルテミスを護るよ。命果てるまで」





寝台にたどり着くまで


アンドレのアルテミスに、口づけの嵐があちこちに舞い降りる。

それだけで、オスカルの身体の中が、ジンと痺れてゆく。




互いの衣を拭い去った後、

オスカルの身体に身に付いているのは、蒼く輝く指輪。


彼の手の中で


彼女のあえやかな声が、ゆっくりと

そして、小刻みに


歌うように。


オリオン座が輝くノエルの前日、


ようやく結ばれた神々の愛のように


二人は、互いを与え、互いを激しく求めあった。


オリオン座が輝く聖なる夜に…。











(ノエルの後の、アラスへの二人の小旅行も、小さな小さなサプライズが起きるだろうか)




アンドレにすっぽりと抱かれ、眠りにつく前。


オスカルは、高く登ったオリオン座を窓越しに見上げ、そして、


愛しい指輪にキスをし、

隣の愛おしく、たくましいオリオンの瞼にキスをした。






fin