mimosa de minuit ~真夜中のミモザ~


#ベルサイユのばら
#2次創作小説
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#オスカル
#アンドレ
#ラブストーリー
#恋愛小説











漸く、

執事から頼まれた用事を終え、ベルサイユの屋敷に到着した時は
既に真夜中になっていた。

侍女も、他の使用人も自室に戻り、静けさに包まれ、灯りも最小限になっていた。
裏門から屋敷に入り、ふう…
と、ため息まじりに呼吸をする。

衛兵隊の非番日だからと言っても、屋敷の急用事があれば、誰かが領地に出向かなければならない。
そうなると、領地の諸事情にも詳しい、馬の遣い手であるアンドレが出向くしかない。

今日は朝早くから早駆けで領地に向かったので、同じ非番のオスカルとは顔も合わせていない。

急用だったから、オスカルには執事から伝えてくれ、と頼んでいた。

…が。
2人が非番の時は、遠乗りする事が最近は、暗黙の了解になっている。

「………怒ってるかな………明日朝、謝ろうか…もう夜も遅いし…」独りごちてみる。

春とはいえ、日が暮れると寒さがきつくなる。
マントを脱ぎ、肩に乗せ、蝋燭を持ち自室までたどり着いた。


カサッ……

「ん?」

アンドレは、自室の扉の足元に目をやり、蝋燭を少し近づける。

二つ折りの紙。
インクの匂いがまだするので、ここに置いて間もないのだろう。

拾い上げ開くと、見慣れた筆跡があった。


( 指を怪我した )

ただ、それだけである。

アンドレは、慌てて自室に入り、自作の簡易の治療箱を手に、まだ起きているであろう、屋敷内の二階に向かった。

「あいつ…指を怪我した、だけじゃ解らないだろう?それに怪我なら、侍女かおばあちゃんに看てもらった方が早く手当ても出来ただろうに…」

そうぶつぶつと言いながらも、内心
心配な心持ちにならない訳がない。

誰か、ではなく
外出していたアンドレに、己に起きた、小さな事件を書き置いたのだから。

今日は逢えない。
そう思っていたアンドレは、大切に医療箱を抱えて、心が踊った。
(俺も、甘いな…あいつには)
苦笑う。


燭台を持ち、深夜の屋敷の二階に上がり、オスカルの部屋の扉の前で…一度、呼吸を整える。

二人の事は、まだ誰にも知られていない。



小さくノックをすると

「いま開ける」
と、小声が聞こえた。

ドアが僅かに開いた。
「入るよ」
スルリと部屋に入ると、オスカルが月明かりを背後にアンドレを見上げていた。
嗅覚の良いアンドレは、いつもと違う香りを部屋から感じた。


「指を怪我したって?大丈夫なのか?なんでおばあちゃんや、侍女に見せなかったんだ。俺が今日は帰りが遅くなるのはわかってただろう?」
たたみかけて言ったのが気にさわったのが、オスカルはアンドレが持っていた燭台を取り上げた。


「アンドレ…」
アルトの声が少し怒っている。

でも怪我しているなら、全うな意見だ。
アンドレはそう思ったが、いつもより優しい声で
「とにかく、怪我をみせろ。心配なんだ。綺麗なお前の指を傷つけたのはどこのどいつだ?ん?」

寝椅子にオスカルを座らせ、ほら、手を見せろとばかりに、アンドレは隣に座り、オスカルの手のひらを優しく掴む。

白くしなやかな、左手の中指、第二関節にスパッと切られた痕が赤く滲んでいる。

「結構、深手だぞ?痛くはなかったか?オスカル」

「うん……」
アンドレの優しい声に、今度は素直に答えた。
まるで

少女の声だ。



「あーあ。綺麗な指にこんな傷を作って…何処で切った?」
アンドレは、医療箱から消毒用アルコールと、丁寧にカットした清潔な綿布、そして鑷子(せっし)を取り出して、丁寧に傷口を清潔な状態にし、包帯を巻いた。

「私は今日、非番だった」
オスカルが呟く。

「ああ。そうだな。一緒に遠乗り出来なくてすまなかった」
アンドレの両手は、オスカルの左手を包んでいる。

その言葉を聞いているのかどうか

「今日、独りで近くの小川まで馬を走らせた」

「独りで?珍しいな」
アンドレの手はゆっくりと、オスカルの左手を撫で、早く治れという仕草をした。
その仕草が可笑しかったのか、オスカルは漸く月明かりの中、笑みを見せた。

「あれを」と、オスカルはバルコニー手前の丸テーブルに顔を向ける。
其処には、月明かりに輝く、美しく華やかな黄色いミモザが花瓶の中でキラキラと咲いていた。

「河原で咲いていたミモザの花盗人の有り様が、これだ」
横に並んで座るアンドレをじっと見つめて、オスカルは薄く笑う。
哀しみも含んだような。

「ああ。だからか。部屋に入ったらいつもと違う香りがしたから…」
アンドレの手のひらは、まだオスカルの左手を労っている。
オスカルは、だんだんくすぐったくなってきて、そして

甘えたいような、昔のように言葉遊びをアンドレとしたいような、そんな甘酸っぱい気持ちになっていた。


「なに?もう痛みはないのか?大丈夫なのか?オスカル」
「もう痛みはない。怪我したのは夕刻だから」
「え…こんな深夜まで放置してたのか。怪我から膿んだりする事もあるんだぞ。置き手紙をするより、誰かに頼めば良かったのに」
間髪入れず
「私は…お前と、花盗人の私が摘んだミモザを見たかっただけだ」
オスカルの手が、包みこんでさすっていたアンドレの手を離し、プイと横を向いた。

「……一緒に見たかったのに…月明かりに照らされたミモザを…」

ああ、そういう訳か。
アンドレは心が温かくなる。

オスカルは、こういう時は本当に不器用な性格になってしまう。
いや、

素直になるとも、
たおやかな女性に戻る

とも言うのが正しいだろう。
それは、アンドレしか知らないオスカルの素顔。


軍人
オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェ准将
と言う日中での肩書きなど夜半には消えてしまっているような錯覚さえ覚える。
アンドレにとり、それは己に身を預けてくれるようになった、彼女の素顔。

月明かりに照らされたブロンドの髪

憂いを帯びた睫毛の長い、蒼き瞳

愛しい女性

ただひとりの。


「オスカル、ありがとう。俺にミモザを見せてくれて。あと…」

「あと…?」

アンドレは、オスカルの頭と肩を抱き寄せた。


「その為に、怪我をさせてごめん」

オスカルはゆっくりかぶりを振った。

「アンドレ…」

「うん?」
アンドレは、そっとずっと、
オスカルの柔らかく美しい髪、そして頭を撫でている

愛しさが込み上げる…

「アンドレ。ミモザの咲く季節は短い。私達はいつも急ぎ足で生きているような気がしてならない。だから、アンドレにもミモザを見て欲しかった」

「うん…」

「今日、お前が朝からいなくて…」

「ああ」
ごめん、とオスカルの唇にそっと口づけた。

まだ、あまりそれになれていないオスカルは、顔を赤らめ、それを隠すようにアンドレの黒髪に顔をうずめた。


「………」
オスカルが小さく呟く

「なに?オスカル。もう一度言って」


「………雨の匂いがする…」

「俺?」

コクリと頷き、アンドレの黒髪に右手を絡め、頬にそっと手を添える。

「いい匂いだ。お前の黒髪の匂いと混ざって…」


「あ、屋敷へ帰る途中、通り雨にあったからかな。頭を拭くのを忘れてた。ごめん」

「……淋しかった」

「ごめん…」

もう、何度オスカルに
ごめん。と呟いただろうか。
アンドレは、俺は本当にオスカルに甘いなと苦笑いをした。

「オスカル、手当ては済んだ。もう深夜だ。明日は俺たち勤務だろう?そろそろ寝た方がいいよ」

オスカルは、じっとアンドレの緑がかった漆黒の瞳を見つめた。
近い…オスカルの瞳の中にアンドレが微かに映る。

「お前…今日は飲んでないよな」
誤魔化すつもりで言う。


胸がドキドキする。
多分、彼女にもこの鼓動は聞こえただろう。

「お前が飲めなかったのに、飲む訳がないだろう?」
「それが理由…とはならないからな。お前は」
アンドレが笑うと、オスカルは少しだけ睨んだ。

が、オスカルの両腕がアンドレの首に巻き付く。

「おとなしく、お前が帰るのを待ってたんだ。ご褒美くらい…」
その続きを唇で優しく塞ぐ。

いつの間にか高くなっていた満月が、二人を背後から照らす。

月明かりが照らす二人の影は、長く長く部屋に伸びて、ひとつになってゆく。



「愛してるよ…」

「うん…」
子供のようなオスカルの返答が
いとおしい。

「寝室に…」
抱き上げられたオスカルが、月のきらめきを含み、美しく笑った。

本当に少女だな。
いつまでも。俺の前では。



寝室のドアを開く。

「……あ!…」


そのベッドには、溢れんばかりのミモザの花弁があった。

気も遠くなるような爽やかな香りと共に。


オスカルをそのベッドに下ろすと、
アンドレはオスカルの耳元で囁く。


「負けたよ。降参」
両手を上げそう言うと
ふふ。と笑う女の口元。

「明日はお前も私も…同じ香りで出勤だ」

それはヤバいな、と言おうとしたアンドレの形よい唇を、オスカルは優しく包み込んだ。

月が傾き、東の空が少しだけ白むまで

じゃれあうように

語らうように

二人は薫るミモザの花弁の海で、互いを確かめ


長く長く…求めあった。

自然と互いに零れる涙。

心も身体も震わせる、愛しい想い。


愛してる

愛してるよ

と…

何度も

何度も繰り返す

ミモザの花弁の海の中で。



誰も知らない二人。




ただ


月とミモザだけが

証人。

それを知っている。

愛の証。








fin