たった一枚の葉書が届いただけなのに

尋常じゃないほど私の鼓動が早まり

一人でベッドの上で身悶えていた


いてもたってもいられず

友人の美咲に電話をかける


「ねぇ、聞いて!今、信じられないんだけど


堅から葉書が届いたんだ!私に逢いたいって書いてある!」



その週末、居酒屋に私と美咲と夕子は集合した

葉書を机の真ん中に置いて

書かれた言葉の深読みをする3人


「この『逢いたい』の『逢』ってさ意味深じゃない?」



決定的な答えが欲しくて聞く私



「男と女として会いたい、それか講師と聴講生として会いたい。


ねぇーどっちなの??どう思う??」



美咲は置いてあった葉書を手に取り



「やっぱさぁ、普通この『逢』って字は使わないでしょ。


普通にデートに誘ってるんじゃん?」



言葉を目で追いながら答える



「やっぱりそーだよね~!!そう思うよね!?どうしようー」


一気にテンションが高ぶる

私は表情までもきっと

菩薩顔をしていたに違いない


「どうしようって、どうしようもないでしょ。


行くんでしょ?京香もし行くなら、スキンケアちゃんとした方がいいよ」


美咲に鋭く指摘された


この1ヶ月間、ケアも身なりも適当だった

結構女を捨てていた


すぐには絶対に会えない

まずは身体を整えなくては



「てか、これいつ届いたの?」



マイペースな夕子は肉にがっつきながら私に聞いた



「届いたのは、一ヶ月くらい前。全然気付かなかったから


ほったらかしだった」



手裏剣のような速さで、美咲から葉書をつまみあげ



「えーじゃあさ、もう返事ないって思ってるんじゃない」



消印を眺めながら夕子は言った。

揺さぶられた私の心はどんどん曇っていき



「そうなんだけどさぁ…」



反論できずにうなずくだけだった



「まー、逆に、諦めてたのが急にきたら、すっごく嬉しいかも。


焦らして焦らして、余計燃え上がるかも」



美咲が笑ってフォローしてくれた

美咲大好き!!



堅からの葉書の読解はいつの間にか

男心をくすぐる方法論に変わり

あぁでもないこうでもないと、続いた


自分の恋の話でこんなに盛り上がったのは

高校の時以来かもしれない



翌日から私は筋トレを開始して

大の苦手な腹筋を

50回やったり


ファッション雑誌を何冊も買ってきて

ファッションや化粧品の情報収集に没頭した


会社帰り、百貨店の化粧品カウンターに

よることが日課になった



綺麗な便箋を手元に置いて

姿勢を正し、堅宛の返事を書く


なんて書こうか迷い、何回何十回

やり直しただろう…



  里村先生


  お久しぶりです。有野です。

  先日はお葉書を頂き、ありがとうございます。

  里村先生、お元気で過ごしていらっしゃいますか?


  私は仕事はまだバタバタとする時がありますが

  1カ月前よりは大分落ち着き、なんとか元気にやっています。


  郵便物のチェックをきちんとしていなくて

  里村先生からの葉書が届いていることに

  気付くのが遅れてしまいました。返事が遅くなり本当にごめんなさい。


  そういえば、もうすぐ聴講会も終りですよね。

  今は一番大変でお忙しい時期でしょうか…?

  

  ご体調に気をつけて、お仕事頑張ってください。

  聴講会が充実し、先生にとって手応えが得られるものに

  なりますよう、お祈りしています。

  

  携帯の連絡先を書いておきますので

  いつでもご連絡くださいね。

  

  私も里村先生に是非お逢いしたいと思っています。

  

 

                            有野 京香




優雅な大人の女の雰囲気が出るように

丁寧に書いてゆく


見直すと、なかなか良く書けてる


私の浮き足立った心情と

遠くかけ離れていて

少しだけ嘘が混じっているけど



一番好きな柑橘系のオーデコロンを

便箋に吹きかけて封筒にしまう



-郵便事故にあいませんように


-堅から返事が届きますように



想いを込めて投函した


ポストの前で手を合わせた


もうやることはやった


後は待つだけ






きちんと時系列ごとに

まとまっていなくて

ごめんなさい


その日の気分で

書いているので、訳わからない

並びになっています


人には表と裏があります


意識するほどか、気付かないほどか

程度の差はあっても

人って誰もがそんなものではない?


私の場合は

それが極端なのです


理性で裏の顔が走り出すのを

抑えられない位に極端なのです



今まで私は

媚びない態度が生意気に思われたり

楽天的な箱入りに見られることもありました



なぜそんな風に私を見るんですか?

なぜ私の本質を見抜いてくれる人はいないのですか?



毎日、劣等感の塊で

醜いドロドロとした感情が渦巻いているから

幸せそうにしている『演技』が

ばれることが怖くて仕方がなかった


あ、でも、私の猿芝居なんて

周りは気付いていたかもしれませんけど



たった一つだけ私が譲らなかったのは

そういった負の部分を自分から恋人や友達に見せず

完全に隠し(たつもりになって)続けること


そこだけはかたくなに

誰かが近づこうとすると

見えない壁が崩れないように

必死で守り続けました


知って欲しいのに、知られたくない


私がさらけ出す努力もせず

周りに理解を求めるなんていうのは

都合のいい話です


ほんとに笑える



妄信した真也


一目ぼれした堅


雪に対する愛情


そこに何一つ嘘はない


けど裏側には自分でも見たくない

貞操観念が低くて、自虐的なもう一人の私が

表の私を見つめている


これを書きながら

私は本当に分裂していると思ってしまう


私のスイッチは

いつどのタイミングで切り替わっているのか

自分でもよくわからない


いや、わかっているけれど

きっと認めたくないんでしょう


だって私は今までそうやって生きてきたから

それ以外の生き方を知らないから


でも今のままじゃ絶対に幸せにはなれない


だから整理させてください


この場を借りて整理させてもらってます


ごめんなさい


気分の悪くなるような文章でごめんなさい





雪と歩きながら

仕事が忙しくて

もう聴講に来れないと伝えた



「そうなんだ・・・まぁ、ガンバレよ。また皆で飲みでも行こうよ」


「うん」



私は雪ともう会うことがないような気がした

飲み会に参加する気もなかったし

聴講での事は私の中で

もういい思い出にしてしまいたかった



「…雪は、すごいよ。」



「え?」



「雪はすごくいつも努力していて


きちんと結果を残してるし…


私、雪をこの聴講の主だと思うくらい


なんかやっぱ違うよなーって思ってたんだよ。」



いつも控え目で優しかった雪

あと彼に必要なのは、自信だけに思えた

いつか見る眼のある賢い彼女が雪に

男としての自信を与えるんだろう



「そんなことないよ。俺なんかダメだよ。


いっつも小さな事でぐだぐだになってるし。


…ま、でもそんなことも言ってられないし


勉強だけは自分には向いてるしな」



雪は照れながら言った。

雪のそういうシャイなところが私は好きだった。



「あんまり勉強ばかりしすぎて


バカにならないようにね!」



「おう」


「んじゃ、また」


「うん。頑張って」



手を振って別れた。


帰り道の私の足は

鉛のように重かった。


まだ電車がある時間だったけど

タクシーを捕まえて飛び乗る


車内で姿勢を崩し窓にもたれながら

思い出のビルを見上げていた


あーあ

全部終わってしまった


でもこれでよかったんだ


自己完結だったけど

一人相撲だったけど


堅と知り合って

堅に恋をした


それは事実


感情が揺れ動いた数ヶ月だった


この私のへたれなところも

紛れもなく私だから


もういいや


自分を責めなくて、もういい


さよならと

恋心に別れを告げた




次の日から私は

堅を思い出すことなく

正確に言えば、堅を思い出さないように

目の前のこなさなければいけない事に没頭した


それでも家に帰ると

孤独を感じないではいられず


見もしないテレビをつけながら、音楽をかけ

頭に入らない本を読んで

たまに聡や友達と長電話をして過ごした


食事を作る気もおきずに

コンビニ弁当ばかりで、ゴミがたまっていく


郵便受けにたまった配達物をチェックする気力もない


どうせ私に届くのは口座振替の知らせか

通販のカタログ、チラシくらいなものだから


1ヶ月位経ったころ

大分私も自分を取り戻せてきたような気がした


食欲はなかったし、おしゃれをする気も起きなかったけど

とりあえず、この汚い部屋をどうにかしようと

私は立ち上がり部屋を見渡した。


部屋の隅に置かれた郵便物の束を手に取り

シュレッダーにかけるものを分けようとしたその時

一枚の葉書が目に留まった


葉書ってなんだろう?


新装開店の知らせか何かかな?


でも、宛名には手書きで

私の名前が書いてあるし

店名もどこにもない


私は急激に鼓動が高鳴った


こういう時、小説か何かでは

想っている人からのものだったりするんだけど…


ありえない


そう思って裏側を見ると


最後のほうに


『里村 堅』


と書いてあるのが目に入った


私は目を疑って何度も何度も

確認した


でも何度見てもこの葉書は

堅から送られたものだった


静かに目を閉じて

深呼吸してから、視線をずらして

そこに書かれてある内容を読んだ


たった数行だけ


『お元気ですか?


本当は最後まで有野さんを見たかったけど

出来なくて残念でした。


有野さんの仕事が落ち着いたら、

一度お逢いしたいと思っています』


と書かれてあった。


私は読んだ瞬間、ベッドに倒れこんで

悲鳴に近い声で


「うそやろーーーーーーー」


枕に顔を押し付けていた