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1934年5月30日、東郷平八郎が亡くなりました。
— RekiShock(レキショック)@日本史情報発信中 (@Reki_Shock_) May 29, 2024
東郷死去に際し「トウゴウゲンスイデモシヌノ?」という文面が小学生の見舞状が新聞に掲載され、大きな反響を呼びました。
死後に東郷神社が建立され神として祀られますが、生前乃木神社に対抗して、自身の神社の計画があることに強く反対していました。 pic.twitter.com/5r1nAkkaBw
/#昭和レトロ/
「東郷平八郎」の讀み假名は 舊假名遣ひでは「トウガウヘイハチラウ」だったと思ひますが、昭和9年(1934)の時點で假名遣ひが「~ゴウ~ロウ」になってゐたのでせうか。 もっとも小學生がさう書いたとしても不思議はありませんが。 この當時の人にとって日露戰爭は/#明治レトロ/ですね。
東郷平八郎は1848年1月27日(弘化4年12月22日)生まれ、1934年(昭和9年)5月30日永眠。
昭和の初めには弘化生まれが生きていた。
平八郎というからには大塩平八郎にあやかって名付けられたのか?
真相は分からないが、東郷平八郎が生まれたときは大塩平八郎の乱から11年しかたっていなかった。
幼名は仲五郎。14歳の時、元服して平八郎実良と名乗る。英語wiki/Tōgō Heihachirō - Wikipedia/では13となっているから満13歳、数え年14歳、文久元年(1861年)からであろう。
>As a youth, Tōgō was educated to become a samurai warrior. He changed his name to Heihachirō (meaning "peaceful son") in a religious and patriotic ceremony held when he turned 13, in which samurai tradition called for youth to adopt a change in name (genpuku).[2]
東郷平八郎は1848年1月27日(弘化4年12月22日)生まれ、1934年(昭和9年)5月30日に86歳で永眠。昭和初期には明治生まれ、大正生まれが存命だったのは勿論、天保生まれや弘化生まれや慶応生まれも生きていた。
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〔令和6年5月〕