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/昭和人間はなぜ大昔のことを「ついこのあいだ」のように語るのか | 日経BOOKプラス (nikkei.com)/

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1931(昭和6)年

「降る雪や明治は遠くなりにけり」中村草田男

 

「降る雪や明治は遠くなりにけり」

 誰もが目や耳にしたことがある有名な俳句です。戦前から戦後にかけて長く活躍した俳人、中村草田男が詠みました。この句が生まれたのはいつ頃でしょうか。何となく、明治が終わってから50年後ぐらいかな……と思うかもしれません。

 じつは、この句が生まれたのは1931(昭和6)年のこと。明治が終わったのが1912年なので、まだ20年後ぐらいです。しかも、おじいさんが詠んだ句ではありません。30歳になる直前に母校の小学校を久々に訪ねたとき、雪が降り出したら外套を着た子どもたちが校庭に現れ、着物に下駄だった自分の頃との隔たりを感じたのだとか。

 昭和に当てはめると、2008(平成20)年ごろに30歳の若者が「昭和は遠くなりにけり」としみじみしているのと同じです。さらに時が流れて、2024(令和6)年の今は昭和が終わって35年が経ちました。昭和はどんどん「遠く」なっています。

 

 

 60歳の昭和人間が、何かの拍子に久しぶりにカラオケに行ったとします。そこで、たとえばWinkの『淋しい熱帯魚』、田原俊彦の『ごめんよ涙』、竹内まりやの『シングル・アゲイン』あたりを歌ったとしましょう。昭和人間にとってはなじみ深い曲であり、何なら「ちょっと前のヒット曲」という感覚です。

 この3つの曲は、どれも1989(平成元)年にヒットしました。今から35年前、60歳の昭和人間が25歳の頃です。万が一、その場に25歳の若者がいたとしたら、こうした曲をどのぐらい古臭く感じるのか。

 自分が25歳に戻ったとして、同じ35年分さかのぼった時代のヒット曲を見てみましょう。1989-35=1954(昭和29)年を代表するヒット曲は、春日八郎の『お富さん』です。そのほか、岡本敦郎の『高原列車は行く』、美空ひばりの『ひばりのマドロスさん』などがヒットしました。うーん、これは古くて遠い

 

 

 50歳の昭和人間が25歳だった1999(平成11)年にヒットしたのは、宇多田ヒカルの『First Love』、速水けんたろう&茂森あゆみの『だんご3兄弟』、モーニング娘。の『LOVEマシーン』などです。同様に当時50歳の昭和人間が25歳だった1974(昭和49)年、つまり現在の50歳が生まれた年にヒットしたのは、殿さまキングスの『なみだの操』、小坂明子の『あなた』、フィンガー5の『恋のダイヤル6700』など(いずれも発売は前年)。さっきの60歳の昭和人間の例よりはマシですが、十分に古くて遠い感じがします

 

1936(昭和11)年

「二・二六事件」

 

1941(昭和16)年

「太平洋戦争」

 

1945(昭和20)年

終戦

 

1954(昭和29)年
春日八郎の『お富さん』、岡本敦郎の『高原列車は行く』、美空ひばりの『ひばりのマドロスさん』

 

1970年(昭和45)

「日本万国博覧会」

 

1973(昭和48)~1974(昭和49)年
殿さまキングスの『なみだの操』、小坂明子の『あなた』、フィンガー5の『恋のダイヤル6700』など

 

1977年(昭和52)

王貞治が本塁打756号

 

 世の中の大きな出来事の見え方はどうか。60歳の昭和人間が6歳のとき(1970年)に、大阪の吹田市で「日本万国博覧会」が行われました。王貞治が本塁打756号を打って世界最高記録(当時)を樹立したのは、13歳のとき(1977年)で、ソニーから初代ウォークマンが発売されたのは15歳のとき(1979年)です。

 25歳の若者から見ると、どのぐらいの遠さを感じる「昔話」なのか。60歳の昭和人間が25歳のときの60歳のおじさんおばさんは、1929(昭和4)年生まれ。7歳のときに「二・二六事件」があり、12歳のときに「太平洋戦争」が始まります。戦争が終わったのは16歳のときでした。

 

 

 仮に、60歳の自分が25歳の若者に「いやあ、私たちが中学生の頃には、王貞治のホームラン記録で盛り上がってね」という話をしたとしましょう。自分が若い頃、おじさんおばさんの口から「自分たちが中学生の頃は太平洋戦争の真っただ中でねえ」といった話題が出ると、神妙に聞きつつも「遠い昔の話だなあ」と感じていました。今の若者は、王貞治のホームラン記録や初代ウォークマンの話題に対して、同じ感覚を抱くことでしょう。

 「頑固親父」とか「良妻賢母」といった昭和の価値観も、評価はさておき、その響きは昭和人間にはけっこう“身近”です。しかし、若者にとっては“過去の遺物”でしかありません。昭和人間から見た「忠君愛国」や「八紘一宇」みたいなものです。

 

1979年(昭和54)

ソニーから初代ウォークマン

 
 十分にわかっているつもりでも、ついうっかり「えーっ、田原俊彦の『教師びんびん物語』(1988年)知らないの?」などと言ってしまうのが、昭和人間の悪い癖。若者にとっての「教師びんびん物語」は、60歳の昭和人間に当てはめると、1952~53年にラジオドラマや映画で人気を集めた「君の名は」と同じようなものです。
 

1989(平成元)年

Winkの『淋しい熱帯魚』、田原俊彦の『ごめんよ涙』、竹内まりやの『シングル・アゲイン』

 
1999(平成11)年
宇多田ヒカルの『First Love』、速水けんたろう&茂森あゆみの『だんご3兄弟』、モーニング娘。の『LOVEマシーン』
 
 

"若者の皆さんは……面倒臭いときは「はあ、それは私たちにとっては明治維新の頃のエピソードに近い感覚ですね」ぐらい言ってやってください。あんまりやさしくし過ぎると調子に乗るので、適当にあしらってくれてけっこうです"

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