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1945年9月11日、東條英機がピストルで自殺未遂しました。
— RekiShock(レキショック)@日本史情報発信中 (@Reki_Shock_) September 10, 2023
東條は死ぬ前、医師に心臓の位置を教えてもらい、その部分に黒い印をつけてもらったそうです。
しかし、GHQによる延命措置の結果、一命を取り留めます。
『戦陣訓』を示した東條が「生きて虜囚の辱め」を受けている状況に世間は批判的でした。 pic.twitter.com/jLxMF2a4HX
東條英機は昭和天皇と日本国民を守るため、戦争責任を一身に背負って、自分が悪者になり、悪役になったか。(続く)
東條英機は昭和天皇と日本国民を守るため、戦争責任を一身に背負って、自分が悪者になり、悪役になったか。(続く)https://t.co/sjC6UZ6w4d
— 虚実歴史・漢字論・ナツメロ (@kyojitsurekishi) September 10, 2023
(続き)戦後の歴史観では昭和天皇は平和主義者で戦争は東條らA級戦犯だけのせいで、国民は騙された被害者といいうことになっている。それで海外から満州事変や盧溝橋事件や真珠湾の話を出されると、多くの日本人は対応できない。その結果が戦後78年の広島と真珠湾の「姉妹公園」関係成立。
日本国民は戦後、自分たちで戦犯を裁くこともせず、昭和天皇の行幸を大歓迎。東條は戦争を天皇や国内世論のせいにすることもできたはずが、敢えて自分が「天皇に背いて戦争を始めて国民を苦しめた悪役」になり、戦勝国によって裁かれたのだろう。
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