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-------- AUTHOR: itouK TITLE: 『新潮45』12月号 DATE: 11/21/2012 21:24:00 PRIMARY CATEGORY: 書籍&網頁資料 STATUS: Publish ALLOW COMMENTS: 1 ALLOW PINGS: 1 CONVERT BREAKS: 1 CF50_USERNAME:navy.ap.teacup.com/monogatarekishi/ ----- BODY:
「新潮45」11月号で荒井晴彦氏が「時代考証ゼロの『るろうに剣心』」と題して批判しているが、荒井氏が批判しているのは表面的かつ些細な事で、歴史の知識はあっても作品を理解していない。春日太一氏がこの手の「時代考証突っ込み隊」を毛嫌いするのもよくわかる。
「新潮45」12月号を買って春日太一氏の「時代劇が廃れた本当の理由」その3を読んだ。
春日太一氏の「時代劇が廃れた本当の理由」その3を読んだ。 「水戸黄門」では実質的主人公は助さんで、東野・西村・佐野黄門では過去の名脇役が光圀を演じ、主役級のスターが助三郎を演じていたのに、石坂・里見黄門でその不文律が崩れたという鋭い指摘に納得。
嬉しいことにご本人からRT(リツイート)と返信をいただいた。
「暴れん坊将軍」「長七郎江戸日記」「将軍家光忍び旅」などはいわば「水戸黄門」のご隠居と助さんの立場を逆にしたようなものだった。青年が徳川家の人間で、お供の爺がいるという設定である。実質的主人公とタイトル上の主人公を一致させたわけだ。
石坂浩二や里見浩太朗が光圀をやるなら「天地明察」で中井貴一が演じているような50代以下の比較的「若い」光圀を早くから演じる形にすればよかったのかも知れない。
里見浩太朗を光圀の役にすることは逸見稔存命時に既にスタッフの間で提案されていて、助三郎が光圀に変装するシーンはその為のテストだったらしい。しかし西村黄門の後、里見浩太朗は「まだ白髪のカツラは嫌」と光圀役を拒否し、里見黄門はその10年後に実現した。
つまり過去の助さん役を光圀役に昇格させるような「水戸黄門の不文律を壊すアイデア」は逸見稔のいた時代に既にあったらしいのだが、結果として逸見の没後数年経って石坂・里見黄門実現となったので、形の上では逸見の死去で不文律が壊れたようになってしまった。
この場合は「東野・西村・佐野黄門(本道)」対「石坂・里見黄門(異端)」という図式になるが、当の里見浩太朗は石坂黄門を批判しており、里見浩太朗は「東野・西村・佐野・里見黄門(本道)」対「石坂黄門(異端)」という図式で考えているようだ。
「水戸黄門」は2001年の石坂浩二の時に「本道」からずれた。世間的にはその後の里見黄門を「石坂黄門の延長(相変わらず異端)」と見ているのに対し、里見浩太朗は自分が「水戸黄門」を東野・西村・佐野黄門の時代に戻した(戻そうとした)と思っているようだ。
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関連語句
参照
AmebaBlog>〔『新潮45』2012年12月号〕 2012-11-20 02:12:09
AmebaBlog>〔『水戸黄門』終了から11箇月〕 2012-11-30 22:27:24
AmebaBlog>〔クロ現「時代劇危機」&朝日「時代劇は生き残れるか」 関連語句、参照〕 2014-10-02 06:48:34
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