カップリング曲2 | 虚実歴史のブログ (ameblo.jp)

 

吉永小百合のシングル「天満橋から」(1965)のB面の曲が「奈良の春日野」で「♪フンフンフーン 黒豆よ♪」という歌詞があった。1987年に明石家さんまが「いいとも」でギャグとして取り上げ、サユリストだったタモリは不満。それで別の曲の話にしようということで「青いゴムゾーリ」が紹介された。

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1987年頃の時点で20年前(1967年)や22年前(1965年)の曲がネタにされていた。

2023年(令和5年)の時点では20年前は2003年(平成15年)、22年前は2001年(平成13年)。

この辺の時代がレトロの対象になるのは当然。

 

1987年当時、「青いゴムゾーリ」(1967年)が「コサキン」や「いいとも」などで話題になったとき、「B面の曲がいかに安易に作られていたか」という評論があった。そう評論されてもB面がA面に昇格することがある。

 

/#B面/#カップリング曲/#両A面/ /#最強のB面ソング選手権

/#昭和レトロ/#昭和の懐メロ/

/#松田聖子「Eighteen」 昭和55年(西暦1980年) 

作詞:三浦徳子 

作曲:#平尾昌晃

「風は秋色」(作詞:三浦徳子、作曲:小田裕一郎)のカップリング曲。両A面扱いだったようだ。

松田聖子 eighteen - YouTube

 

/#B面/#カップリング曲/#両A面/ /#最強のB面ソング選手権

/#昭和レトロ/#昭和の懐メロ

/#松田聖子「赤いスイートピー」c/w「制服」 昭和57年(西暦1982年) 

作詞:松本隆/ 

作曲:呉田軽穂(松任谷由実)/ 

編曲:松任谷正隆

/Amazon.co.jp: 赤いスイートピー : 松田聖子: Digital Music/

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11987年当時、明石家さんまは「オレたちひょうきん族」でも「奈良の春日野」の歌をギャグにしていたようだ。番組で「独眼竜政宗」(梵天丸の少年時代)のパロディがあり、最後に「祝いの踊り」としてこの曲をバックに出演者たちが踊っていた。

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/#昭和63年//#最強のB面ソング選手権

中森明菜の「I MISSED "THE SHOCK"」はオリコン3位でヒットしたが「サザン・ウインド」(1984)から「TATTOO」(1988)まで続いていた連続首位記録が一時、途絶えたらしい。当時、明菜さんは頑張って歌番組でB面の「BILITIS」も歌っていた。

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/#昭和歌謡/#昭和の懐メロ/#昭和のナツメロ

/#最強のB面ソング選手権/#B面/#カップリング曲/ /#これもアニソン/  

「スプーンおばさん」Ending 

/#飯島真理(Iijima Mari) 「リンゴの森の子猫たち」 昭和58年(西暦1983年) 

作詞:#松本隆

作曲:#筒美京平/

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令和5年1月

 

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