昭和の末期、おニャン子クラブが解散し、うしろ髪ひかれ隊のメンバーもソロ活動に移っていった。

 

/工藤静香 = FU-JI-TSU = - YouTube/

作詞: 中島みゆき/作曲・編曲: 後藤次利🎹

1988年6月1日

 

/工藤静香 = MUGO・ん…色っぽい = - YouTube/

作詞: 中島みゆき/作曲・編曲: 後藤次利🎹

1988年8月24日🎤

 

/嵐の素顔 / 工藤静香 - YouTube/

作曲・編曲: 後藤次利🎹

作詞: 三浦徳子🖊

平成元年(1989年5月3日📅
 

 

工藤静香がソロで歌うとき、後ろに2人の女性がコーラスを担当していることがあった。

『オリコン』の読者投書欄「オリコン通信」に、この場面のイラストが描かれた投書があり、「どうせ3人で歌うなら~」という趣旨の文が添えられていた。「うしろ髪ひかれ隊」の活動継続を望んでいる人の意見であろう。後ろの2人は生稲晃子と斉藤満喜子ではなかっただろうが、もしそうでればいいという意見だったと思う。

 

しかし、そうなると別の疑問が生じた。「うしろ髪ひかれ隊」は「工藤静香がリードボーカルで生稲晃子と斉藤満喜子がバックコーラス」というグループとして存続してよかったのか。

もし「うしろ髪」が実質、「工藤静香がメインで歌って他の2人がコーラス」のグループに落ち着いて存続したら、逆に「これじゃソロのしたほうがましだ」という意見も出ただろう。

 

「うしろ髪ひかれ隊」の「ほらね、春が来た」を聞くと、斉藤満喜子、生稲晃子、工藤静香の順でソロボーカル(独唱)の部分が割り当てられていた。「うしろ髪ひかれ隊」はそういうグループだったのだろう。

 

 

渡辺満里奈が「深呼吸して」を歌ったとき、工藤静香と生稲晃子がバックコーラスをつとめ、名義上は「渡辺満里奈 with おニャン子クラブ」だったことがある。

 

 

「うしろ髪ひかれ隊」は「工藤静香 with おニャン子クラブ」でいいのかどうか?

 

バンドの場合、ボーカルが目立つのは当然として、ボーカルのグループでも、3人以上の場合、歌の各パートを3人がほぼ均等に歌う場合と、一人がリーグボールを担当する場合がある。

例えばアルフィーは楽器もやるので、リーグボーカルを曲ごとに変えていた。

 

 

 

キャンディーズは途中でセンターが交代した。

 

 

 

ソフトクリームの歌を今聞くと、遠藤由美子(久美子ではない)がリードボーカルだったことがわかる。

 

 

Mi-Keも実質、宇徳敬子とバックコーラスであった。

 

 

SPEEDもメインボーカルは今井絵理子島袋寛子新垣仁絵上原多香子はダンスとコーラスだったようだ。

 

 

周知のごとく、スーパーモンキーズは途中で安室奈美恵がメインになり、最終的に安室奈美恵ソロとMAXに「分裂」した。

 

 

モーニング娘やAKB48などは、曲ごとにセンターが誰かというのが注目されている。

もちろん、曲のほとんどをメンバー全員の合唱で通す手もある。

 

🎤風間三姉妹(浅香唯、大西結花、中村由真)の場合、サビのコーラス以外はソロボーカルだったが、浅香唯のソロパートが少し多く、「ザ・ベストテン」では視聴者から「なぜ唯ちゃんの歌が長いのか」という趣旨の質問が来ていた。

 

 

Remember」は当時、浅香唯が所属していたレコード会社から出ていた。それが理由らしい。

 

「内山田洋とクールファイブ」は前川清のソロとどう違ったのか、給料の配分はどうだったのか、売れたグループの解散の理由はそこにあるのかもしれない。

 

 

 

 

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📅令和4年7月📅