/梶原魂~梶原劇画名言BOT~(@kajiwara_meigen)さん / Twitter/
おれもこのままでは エースになれん。
腕の一本や二本を 惜しんではおれん!
『いつ死ぬかわからないが、
いつも坂道を登っていく。
死ぬときはドブの中でも
前のめりに死んでいたい』
――坂本竜馬の言葉におれは 巨人のため監督のため殉ずる!
(新巨人の星/星飛雄馬)
/梶原魂~梶原劇画名言BOT~(@kajiwara_meigen)さん / Twitter/
協力しよう飛雄馬!!
この部屋にチョコナンと座って
能書きたれとるのをやめて、
もう一度だけおまえと
野球地獄の不死鳥に なってやるわさ。
ただし、わしはもう
炎の中から蘇れまいがな。
灰になって散るのみよ、
この風花のように………の。
(新巨人の星/星一徹)
返信先:@kajiwara_meigenさん
1977年、星飛雄馬が大リーグボール右1号の開発を決意した時の台詞。魔球は翌78年に完成したが、79年に長嶋は飛雄馬にコーチ就任を命じ戦力外通告。長嶋は星が右腕まで壊すのを防いだわけだが、星を投手以外の内野手として育てることは考えなかったのか?
1977年末、飛雄馬は大リーグボール右1号を編み出す意志を一徹に告げ、最初は反対していた伴も練習に協力。伴が飛雄馬の魔球開発に協力したのは1969年の大LB左2号・消える魔球の時以来8年ぶりだった。
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/平成25年10月/