松田聖子の1980年のシングル「風は秋色」のB面は「Eighteen」だったから、この人はデビューの年の18歳になった。テレ朝で「ドラえもん」のアニメが始まった1979年は松田聖子にとってデビュー前年で、17歳の時だった。
尾崎豊「15の夜」や「卒業」を聞いたら「さっさと退学して親元を出て自活すればいいだろ」と思いますし、日本人で日の丸が嫌な人は外国人学校に転職・転向するか日本を飛び出せばいいと思います。 
@e_neue @dol_editors 半沢直樹はなぜ理不尽な銀行を飛び出さないのか?
posted at 06:08:13 昭和50年代の懐メロ
 
 ↓これは小泉今日子の1982年デビュー曲「私の16才」の【原曲】。1979年作品を「この曲名じゃ売れないだろ?」と改題。小泉今日子より原曲の人のほうが大人っぽい声。

 

 

川越美和が坂本九の「涙くんさよなら」をカバーした頃はリバイバルブームの時代で、薬師丸ひろ子が「時代」(中島みゆき)をカバーし、斉藤由貴が「夢の中へ」(井上陽水)をカバー、森高千里が「17才」(南沙織)をカバーしていた。

 

 

島谷ひとみが「亜麻色の髪の乙女」(ヴィレッジ・シンガーズ←青山ミチ「風吹く丘で」)をカバーした辺りから、様々な歌手による往年の名曲のカバーがまたブームになったようで、松浦亜弥も森高千里の「渡良瀬橋」をカバーした。森高千里はカバーする側から、される側になった。
 
チェリー|昭和TVワンダーランドさんさん のツイート
【小泉今日子嬢のデビューまとめ】『私の16才』のプロモ用グッズやレコード、紹介記事などなど。 #歌謡選抜
 
返信先: さん
小泉今日子の「私の16才」も「素敵なラブリーボーイ」もカバー曲だったんだが、キョンキョンと同世代か年下の人の多くは原曲を知らなかっただろう。 昭和50年代 

 

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平成30年(昭和93年、西暦2018年)5月
平成31年(昭和94年、西暦2019年)1月
 
関連語句
20才 20歳 懐メロ 22才(twilog)

参照
2019-01-15 19:19:02

 

2020-01-15 20:21:34