改元のせいで年齢の計算が面倒だという人がいるが、そういう人は昭和以前はどうしていたんだろう。
 
少なくとも昭和生まれであれば想い出せるはずだ。
 
平成30年は昭和93年、大正107年、明治151年でもある。すると30歳は昭和生まれ、93歳は大正生まれ、151歳は慶応生まれである。
昭和生まれは30代から90歳前後まで。平成元年が昭和64年であることを知っていれば大した問題ではない。
平成30年から10年前は平成20年、20年前は平成10年、30年前は昭和63年、40年前は昭和53年、50年前は昭和43年、60年前は昭和33年、70年前は昭和23年、80年前は昭和13年、90年前は昭和3年(大正15年から2年後)、100年前は大正7年、110年前は明治41年である。
 
少なくとも29年前(昭和64年)と92年前(昭和元年)の間の63年間は昭和の年数の加減で計算できる。
 
昭和30年、明治30年当時、どうだったか。
昭和30年当時、10歳だった人は昭和20年生まれ、20歳だった人は昭和10年生まれ、30歳だった人は大正14年生まれ、40歳だった人は大正4年生まれ、50歳だった人は明治38年生まれ、60歳だった人は明治28年生まれだった。
昭和30年当時は20代と30~40代と50代で、生まれた時の元号が違っていたのだ。
 
大正15年当時であれば、10歳は大正5年生まれ、20歳は明治39年生まれ。当時30歳から50歳まで明治生まれで、大正15年当時50歳だったのは明治9年生まれ。大正15年当時60歳だったのは慶応2年生まれだった。
大正末期の時点で20代から50代までは明治生まれだった。
 
明治30年(1897年)当時、10歳だった人は明治20年生まれ、20歳だった人は明治10年生まれ、30歳だった人は慶応3年生まれ、40歳だった人は安政4年(1857年)生まれ、50歳だった人は弘化4年(1847年)生まれ、60歳だった人は天保8年(1837年)生まれだった。
徳川慶喜は天保8年生まれで、大正2年(1913年11月22日没。
 
第二次世界大戦が終わった昭和20年当時、20代は大正生まれ、30代後半~70代は明治生まれだった。
昭和20年は大正34年、明治78年に相当する。
 
年齢の計算は昭和以前の方が遥かに面倒だった。
 
平成30年tw
平成30年で52歳になるのは昭和41年生まれ。ちなみに昭和30年当時、52歳だった人は何年生まれか。昭和30年から30年前は大正14年(昭和0年)。それから14年前は明治44年(大正0年)。ここまでで合計44年さかのぼったから更に8年さかのぼると明治36年生まれで今年104歳。西暦だと1955-52=1903という計算。
 
昭和30年当時だと40歳だった人は大正生まれだったし、昭和30年当時50歳だった人は明治生まれだった。平成30年の時点で満30歳の人も40歳の人も50歳の人も昭和生まれ。今の方が計算しやすい。
 
平成31年tw
1688年は元禄元年→西暦と元禄の差は1687 (1700年は元禄13年) 
1704年は宝永元→西暦と宝永の差は1703 (1707年は宝永4年) 
1711年は正徳(日本)元年→西暦と正徳(日本)の差は1710
 
平成30年までの60年間と平成30年までの60年間を比較してみる。 
明治28年から昭和30年まで60年(改元2回) 
昭和33年から平成30年まで60年(改元1回)
 
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関連語句

参照
 
【画像】
幕末の30年と平成の30年
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平成を明治・大正・昭和に置き換えた表
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近代の元号を「明治」と「戦後」だけにした場合
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昭和20年までの40年間と平成30年までの40年間
 
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明治30年と昭和30年と平成30年からそれぞれ50年前
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