平成26年tw
5月7日SONG TO SOULでシャーリーンの「愛はかげろうのように」の初期カバーが数曲紹介されたが、英語ウィキでは1976年のRandy Crawfordの歌が先とあり、翌77年にNancy WilsonとWalter Jacksonも歌っていて、実質(共作×→)競作になるが真相はどうか。
posted at 13:07:41
@kyojitsurekishi シャーリーン(Charlene)の「愛はかげろうのように( I've Never Been To Me:まだ自分がつかめない)」は「自由とは孤独である」という趣旨の歌で、尾崎豊も「Shelly」で似た内容を歌っていたが、歩んだ人生の重みが違うか。
posted at 13:43:19
@kyojitsurekishi 尾崎豊は平成不況も大震災も知らずに他界した。もし、今、彼が「♪もう学校や家には帰りたくない」「♪あいつは言っていたね、サラリーマンにはなりたかねえ」などと歌ったとしても、ネットカフェ難民や待機児度や被災者の共感を得られるかどうか疑問だ。
posted at 14:01:33
@kyojitsurekishi I've Never Been To Meの邦題は「愛はかげろうのように」で、意味が全く違う。ネットで調べるとテレサテンがカバーした場合は「没有做过真正的我」、中文Wikipediaでは「未曾有过自我」となっている。
posted at 14:16:39
「愛はかげろうのように(I've Never Been To Me)」のカバー、金瑞瑤の「三月(里)的玫瑰」は「作詞:莊奴,作曲:西洋歌曲」として紹介されているが原曲の作詞・作曲はRon MillerとKen Hirsch。中国人はカバー曲の作曲者名をちゃんと書かないことがある。
posted at 14:26:30
@kyojitsurekishi 「愛はかげろうのように(I've Never Been To Me)」の作詞・作曲はRon MillerとKen Hirschらしいが、Sony Musicの「僕らの洋楽ヒットBest of 80's」ではHirschの名がHirchになっている。
posted at 14:29:14
@kyojitsurekishi 「愛はかげろうのように」が1976年に出た時はヒットせず、5年後の81年か82年にラジオで流れてヒットしたことは「僕らの洋楽ヒット」の解説(ここでは77年発売、82年ヒット)にあったので知っていたが、あの番組でもっと詳しく知ることができた。
posted at 14:42:27
@kyojitsurekishi ラジオのリクエストでヒットした「愛はかげろうのように」のケースは「神田川」に似ているが、「愛はかげろうのように」は関係者が最初から売るつもりだったのに対し、「神田川」はシングルカットの予定がないアルバムの1曲だったらしく、その点が違う。
posted at 14:48:16
@kyojitsurekishi 「愛はかげろうのように」がヒットまで5年かかったのは確かに珍しい例で、佳山明生の「氷雨」が1977年に出て83年にヒットした場合はカバーした日野美歌との競作だった。
posted at 14:56:52
5月7日SONG TO SOULでシャーリーンの「愛はかげろうのように」の初期カバーが数曲紹介されたが、英語ウィキペディアでは1976年のRandy Crawfordの歌が先とあり、翌77年にNancy WilsonとWalter Jacksonも歌っていて、実質競作になるが真相はどうか。
posted at 14:58:51
ランディ・クロフォード「愛はかげろうのように」 昭和51年
Randy Crawford - I've Never Been to Me (1976)
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愛はかげろうのように 昭和50年代(twilog)
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