てんコミ2巻「地下鉄をつくっちゃえ」では「のび三」だったが既に「のび助」に修正されている。
のび助にとって孫であるノビスケ(のび太の息子)と区別するために「のび三」の方がよかった気もする。
1979年の初期大山ドラでは「のび三」だったようだ。
わさドラでは2008年6月13日に「父の日に地下鉄を」としてリメイクされている。見た記憶があるが、後でDVDで確認したい。
てんコミ2巻(1974年9月1日初版第1刷、2007年4月20日第174刷)の「地下鉄をつくっちゃえ」を見ると、ドラえもんとのび太がのび助のために用意した地下鉄の定期では
「うち←→かいしゃ
49年12月25日から いつでも つかえます
野比のび助殿36歳」
と書かれてあり、「のび三」が「のび助」に「修正」されている。
「49年」は「昭和49年」、つまり1974年であろう。
「うち←→かいしゃ
49年12月25日から いつでも つかえます
野比のび助殿36歳」
と書かれてあり、「のび三」が「のび助」に「修正」されている。
「49年」は「昭和49年」、つまり1974年であろう。
なお、『ドラミちゃん』における「のび太郎」の父の名前ははっきりしない。地底の国の話では顔がのび助と少し違っていたが、山奥村の話では外見がのび助と同じで、それで学生野球のピッチャーだったらしい。
11巻の「テレビ局をはじめたよ」でズル木こと木鳥高夫(顔はスネ夫に似ている)と戸手茂できる(少し出木杉に似ている)の名前はそのままだが、みよちゃんは「しずちゃん」に、のび太郎(単行本ではのび太)の母は「野比玉子」になっている。
参考になるHP
S.Rapid Mc221ドラえもんについて考察する 2009年08月23日
関連語句
てんコミ(物語の歴史III)
のび助(twilog)
参照
T-Cup掲示板>野比家年齢変遷・解説