「15の夜」で「♪校舎の裏タバコを吹かして見つかれば逃げ場もない」というのがあるが、当時はまだ不良は先生を恐れていたようだ。尾崎豊が死んで数年後、「普通」の少年がキレてナイフで先生を刺し殺す事件が起きた。尾崎豊の言う「闘い」はそんなものだったのだろうか。
 
尾崎豊は生前、「10代のカリスマ」「若者の教祖」と呼ばれたが尾崎豊自身がそう名乗ってはいなかったと思うし、ファンも尾崎豊を教祖などをは思っていなかったと思う。
1992年に尾崎豊が死んだ時、葬儀(告別式だったか)にファンが多数集まったことを報じる新聞記事で写真に「さらば、教祖様」というような題名が付いていたが、正直、これを見た時「マスコミは尾崎豊について何も知らないんだな」と思ったものだ。
「今の若者は尾崎豊に共感しない」ということを記事にしている記者たちこそ、尾崎豊というと「15の夜」と「卒業」の歌詞の一部を知っているだけで、尾崎豊について知らず、共感もしていないのではなかろうか。
 
南こうせつとかぐや姫の「神田川」も今の感覚で見ると共感できない人は多いはずで、どんなヒット曲でも共感できない人はいます。尾崎豊の歌もそういう曲の一つのはずなのに、マスコミが勝手に彼を「教祖」にして、その反動で共感できない若者たちがいたら驚いて記事にするんでしょう。
 
10代の時の尾崎豊(が作った歌の主人公)に似ている大人はだれか考えると、学校で日の丸掲揚の際の起立を拒否し、君が代斉唱を拒否する教師がこれに似ている。どちらも学校に反撥しながら学校に依存しており、他に居場所を見つけられず、学校を去る勇気がないように見える。
posted at 02:39:41
 
@asahi 「八重の桜」では10代の少年たちが戦場で闘った。今でも世界では若者がテロの犠牲になっている。30年ほど前に尾崎豊が10代の特に歌った「自由を求め続けた」歌など平和で豊かな日本で育った日本人ならではの甘ったれたゼイタクな台詞に思える。
posted at 22:50:59
 
@asahi 「八重の桜」では10代の少年たちが戦場で闘った。今でも世界では若者がテロの犠牲になっている。30年ほど前に尾崎豊が10代の特に歌った「自由を求め続けた」歌など平和で豊かな日本で育った日本人ならではの甘ったれたゼイタクな台詞に思える。
posted at 22:50:59
 
@shionohana 日本の反体制運動は60年安保と安田講堂で敗北していて、私から見ればあの運動は尾崎豊
「15の夜」や「卒業」の世界と変わりありません。今の若者の反体制運動は犯罪に走るか自殺するかでしょう。
posted at 01:27:09
 
@SHINGO_TNK もしそうだとすると今の日本の歴史教育はかつての皇民化教育の日教祖版ですね。尾崎豊のように退屈な授業の最中に落書きの教科書と外ばかり見ている人か、逆に教科書で飽き足らず自分で歴史を研究し教科書を批判する人の方が洗脳されずに済むかも知れません。
posted at 15:43:59
 
今、鎌倉幕府成立とされる1185年は朝廷の立場では安徳天皇から後鳥羽天皇への移行期で、神器の一部が紛失するなど、時代の節目としては適切かも知れません。後鳥羽天皇の退位は1198年で、頼朝が将軍になった1192年は後鳥羽天皇在位中の出来事に過ぎません。
飯島真理はデビュー30周年で、同期でいまだに歌手活動をしている人は有名な人だと太田貴子と藤井フミヤ(チェッカーズのデビューから30年)、曽我泰久(ザ・グッバイのデビューから30年)、栁沢純子くらいか。尾崎豊は既に故人である。伊藤麻衣子は女優業が本業となっているだろう。
posted at 06:05:41
 
@ongakudousyoten 尾崎豊はバブル崩壊とほぼ同時期に亡くなったわけですが、今の若者はサラリーマンになるどころか大卒でも就職できず、就職しても解雇されネットカフェ難民。地震や津波で家を失った人もたくさんいるご時世。尾崎豊が求めた学校や家や会社からの「自由」は悲惨でした。
posted at 14:08:25
 
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