尾崎豊を批判する人は「15の夜」と「卒業」の歌詞だけを理由にしていることが多くツイッターでもそのようだ。
例(1)
例(2)  
 
今年(平成25年)は昭和88年。「おしん」が放送された昭和58年が30年前だから。昭和58年には尾崎豊、太田貴子、飯島真理がデビュー。NHK大河ドラマは「徳川家康」。必殺シリーズは「仕事人III」~「渡し人」~「仕事人IV」。「水戸黄門」では東野英治郎が降板し西村晃に交代。
posted at 01:50:26
 
@ShellyJun0830さんから
posted at 21:42:51
 
1983年にデビューした歌手のうち、飯島真理と尾崎豊はアイドルでなくシンガーソングライターであろうか。太田貴子とチェッカーズは83年デビューだが84年組のように扱われていた(チェッカーズはデビュー翌年に「涙のリクエスト」がヒット)。
posted at 12:31:58
 
ドラえもん声優交代から8年。中3だった人が大学を卒業するまでの年数。尾崎豊は「15の夜」で学校や家からの脱出を夢見たが、8年待てば22歳(23歳になる年度の誕生日前)で大学を卒業して、当然親元を離れて自立できたわけで、15歳の時の夢がが叶ったわけだ。一方、尾崎豊は「BOW!」で「サラリーマンにはなりたかねえ」という声に賛同していた模様。そうなると大学を卒業しても就職先が決まらない「ニート」が尾崎豊の歌では「理想」だったことになる。今の高校生が尾崎豊の歌になかなか共感できないのも当然だろう。
posted at 20:59:17 21:01:41
 
尾崎豊が夢見た「家や学校から自由で社畜にもならない生活」を実際に送っているのは、大卒で就職できない若者か、若者から老人までいるホームレスか、あるいは会社を定年になって年金生活に入ったばかりの60代、65歳くらいの老人ということになる。
posted at 21:03:50
 
吉川晃司が広島県出身で原発、被曝に敏感になったことが「昭和40年男」で確認できた。同い年だった尾崎豊はバブル崩壊も大震災も知らずに他界したが、存命であれば阪神大震災のあった1995年に30歳になっていたはず。学校も家も職場も失った被災者を見て尾崎豊はどう思っているだろうか。
posted at 17:59:36 18:01:42
 
尾崎豊と吉川晃司と本田恭章はそろって「昭和40年男」。藤井フミヤは「昭和37年男」らしい。
昭和の懐メロ:「SHAKE&SHAKEパラダイス」本田恭章 1984(昭59)
posted at 01:59:28
 
@torakosutorasan @asakuma776 朝日新聞によると今の10代の多くは尾崎豊の歌に共感できないようで、共感した人はこうなるわけです。もっとも尾崎豊が3歳~4歳くらいの時に当時の大学生がやった学園紛争とかいう暴力行為に比べれば尾崎豊の世界など可愛いものです。
posted at 01:57:54
 
虚実歴史研究家@kyojitsurekishi5月16日
ついでに言うと「忠臣蔵」などで江戸時代の赤穂浪士四十七士が吉良邸に討ち入ったのも、不法侵入と殺人と傷害であり、当時の法律で大石内蔵助をはじめとする犯人グループの切腹処分は当然です。
@sweet_umetan 尾崎豊に関してはこちらをご覧ください。
posted at 02:26:54
 
@myao_maru 尾崎豊に関してはこちらをご覧ください。
尾崎豊の世代から見るとその上の学園紛争世代も何に怒っていたのか不明でしょう。
posted at 02:28:19
 
@Owari_Masuzo 尾崎豊のデビューは30年近く前ですが、金八やブラックボードでわかるように1980年代は校内暴力と体罰が問題の時代でした。「15の夜」と「卒業」だけで尾崎豊を語るのは何も知らないのと同じですが尾崎豊は大震災もバブル崩壊も知らないで亡くなった歌手ですね。
posted at 10:05:04
 
@sweet_umetan 「15の夜」の「♪バイク~」と「卒業」の「♪窓ガラス~」だけがやたら話題になりますが、この2曲だけで尾崎豊を語るのは余りにも認識が浅すぎますね。ただ尾崎豊の曲は今ならただムシャクシャしたから人を刃物で刺すような危ない通り魔の予備軍の歌とされるでしょう。
posted at 10:15:19
 
@sweet_umetan 追加です。尾崎豊は1992年に26歳で亡くなりましたがもし存命なら1995年の阪神大震災の年に30歳になっていたはずです。尾崎豊はバブル崩壊も大震災も知らず、家や職場や学校を縛りだと思ってそれらがあるのを幸福だと悟りきる前に亡くなったとも言えますね。
posted at 10:20:44
 
@dettori26 1965年生まれで尾崎豊とタメ年の吉川晃司もデビュー当時ステージで色々発散(抵抗?)してましたが、吉川選手は東日本大震災を経た今、闘う相手を見定めたように見えますね。尾崎豊はバブル崩壊とほぼ同時に死んで阪神大震災も知らず、歌が発展途上で終わった感があります。
posted at 10:29:47
related tweet(1) (2) ←尾崎豊と忌野清志郎の比較 
 
@machodolagon 尾崎豊の歌は学校と家と職場を束縛とするもので「サラリーマンにはなりたかねえ」に共感するものでしたが、例えば大卒で就職先が決まらないネットカフェ難民や、東日本大震災で家も学校も潰れて仕事も失った親子がどれだけ悲惨か、尾崎豊はそれを知らないで逝ったわけです
posted at 10:33:56
 
@machodolagon 「自由が欲しい」「束縛から逃れたい」という趣旨の歌は尾崎豊の「十七歳の地図」「回帰線」までの世界ですが、私が何度も聞きたい曲はどちらかというとその後の「壊れた扉から」(「失くした1/2」「路上のルール」等)や「街路樹」の方に多いですね。
posted at 10:59:34
 
尾崎豊が20歳の誕生日の前日に出した「壊れた扉から」や22歳と約9か月の時の「街路樹」などをどう思いますか?RT@sweet_umetan 20代になってからの尾崎は…『真実の愛』『贖罪』『罪』といったものを主題にした歌を多く作っていった」(Wikipediaより)…なるほど。
posted at 00:26:53
 
@kyojitsurekishi 今の高校生たちは尾崎豊に共感しないらしい - Yahoo!ブログ
posted at 00:34:49
 
@kyojitsurekishi 大雑把に時代を分析すると尾崎豊が生まれたのは東京五輪の翌年で、彼が生きた時代は高度経済成長からバブル経済までの時期。彼の死後の20年はそのまま「失われた20年」に相当する。尾崎豊はバブル崩壊後の日本も知らず、大震災の被災地も見ることなく世を去った。
posted at 00:38:44
 
尾崎豊の歌は学校と家と職場を束縛とするもので
こういう意味。 尾崎豊の初期の歌には「学校と家と職場は自分たちを縛るものだ」と見なすものがいくつかある

16:13 - 2020年3月28日

 
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関連語句
尾崎(ものがたりの歴史III)

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