李明博大統領が独島(日本で言う竹島)に上陸した。
野田首相は竹島に行っていない。そこに韓国人がいれば不法入国で日本当局が逮捕してもいいのにそれをしない。野田首相が竹島に行かないのは「行ったら日韓関係を損なう」ということであろうが、そうなると「日韓関係を損ねる行為」をしているのは韓国人の側であり、「相手を刺激する安易な行動」は李明博大統領以下韓国人がやっていることになる。
つまり日韓関係を悪化させているのは韓国側ということだ。
 
石原都知事は「野田首相が尖閣に上陸すべきなのにそれをしないのは怠慢」としている。野田首相が尖閣に行かないのは「外交的配慮」であろうが、これは要するに「日本の首相が尖閣に上陸すると日中関係を壊す」ということだろう。首相でなくても日本人が尖閣に上陸しようとしても日本政府がなかなか許可しない。逆に言えば釣魚島に上陸または接近している中国人(香港人を含む)こそ、中日関係を悪化させるような安易な行動をしていることになる。それを黙認している中国政府も同様だ。
 
そうなると日本の閣僚の一部が靖国神社に参拝したのは、日本側としては当然の主権の主張である。韓国や中国が日本を挑發している行為に対するせめてもの報復措置が靖国参拝ということになる。本来、日本の首相や市民団体が竹島や尖閣に上陸すべきなのにそれが「なぜか」できない。それなら野田首相が靖国神社に参拝することこそ日本側の対抗措置なのだが、野田首相は以前から「首相在任中は靖国参拝しない」と「公約」していたようなので(民主党政権の首相はこういう「公約」は忠実に守るようだ)、8月15日に参拝せず、他の大臣数名が参拝した。
 
日本で北方領土と呼んでいる千島南部で日本の漁船がロシアの船から銃撃されて日本の漁民に死者が出たことがあるし、今後も起きるだろう。しかし日本で自衛隊を千島や尖閣や竹島に派遣して、隣国からの侵入者に対し銃撃することは日本の憲法や法律の制約できない。もし日本の自衛隊が竹島や尖閣や千島でそういうことをしたら、隣国との関係を破壊する暴挙として内外から批判されるだろうが、すると千島において「隣国との関係を破壊する暴挙」をしているのはロシアの側であるということだ。
 
日中、日韓、日露関係において、関係を悪化させているのは中国、韓国、ロシアの側である。
それからかつて日本の政治家が歴史や外交面で日本の立場を擁護することを言うと、韓国で「妄言」とされたが、それなら日本人は李明博大統領が言った「日王(日本の天皇)が韓国を訪問したければ謝罪しろ」などの一連の發言を「妄言」と見なすべきであろう。
 
李明博大統領の顔は大統領就任前から日本のメディアでは大きく紹介されていた。
李明博がソウル市長だったとき、ソウルのシナ語の名前を「漢城」から「首爾」に変えるという記者会見だ。この件では韓国は正しいことをしたのだが、「日本海」の名称や高句麗、渤海、竹島、漢字を「韓国起源」にしたがる韓国人の問題などを考えると、「漢城」から「首爾」への改名は国際標準に合わせようとしたものでもなければ、外国人への配慮でもなく(結果としてそうなったとしても)、韓国人の本音では韓国の自国中心の考えによるものであろう。
自民族中心主義であれば ethnocentrism という言い方がある。
 
なお、もし日本が明治末から1世紀経過したこの時代になっても台湾と朝鮮半島を引き続き日本領にしていれば、今回のような尖閣や竹島をめぐる領土・領海問題は起きずに済んだであろう。
 
石原慎太郎都知事は、外務省に「シナさん、こわい、こわい」というようにシナを怖がる病気が蔓延していると指摘している。
 
香港紙などは「日本側が挑發したせいで東アジアが緊張」「日本が軍事大国化している」と対日批判をしているが、この批判の「日本」を「中国」に置き換えたほうが適格だ。
なお、日本は中国から挑發されても、外交関係に配慮して、尖閣上陸者たちを即刻強制送還するなど「弱腰外交」とされるような自制した対応をしている。それでも中国側が「日本が軍事大国化して挑發している」と受け止めているということは、日本側はきちんと自分の立場を表明して、中国に屈しないで行動しているということになる。
 
前後一覧
2012年8/16前後
 
関連語句

参照