柳沢吉保と藤井紋太夫が放った刺客は光圀の「人格」に屈した。
柳沢吉保と藤井紋太夫自身は光圀が持っていた印籠の中の「家康の遺骨」に屈したようだ。
 
刺客は柳沢と藤井に雇われただけなので、刺客自身には光圀に対する恨みはなかった。だから人間・光圀の人格に触れて暗殺をやめたのだろう。
一方、柳沢と藤井は金と権力で人や世の中を見ている者たち(という設定)だったので、家康の遺骨に平伏したわけだ。
 
『水戸黄門』で光圀に頭を下げる人には2種類いる。
まず、光圀個人に頭を下げる人たちと、印籠などの葵の紋に頭を下げている人たちだ。
光圀個人が人間として偉ければ光圀が「越後のちりめん問屋の隠居・光(右)衛門」であっても同じはずだ。
一方、光圀が光圀だとわかって初めて平伏した人たちは徳川の権威に頭を下げているだけで、光圀個人でなく中納言の地位に平伏しているのであり、その徳川の権威とは関ヶ原で勝利した徳川家康の権威である。
 
「嗚呼、人生に涙あり」は人格への平伏と身分への平伏という2種類の「権威主義」が描かれた作品であった。
そのあとの2時間スペシャルでは横内正から大和田伸也、伊吹吾郎を経由して的場浩司まで印籠のリレーがおこなわれた。
印籠とは所詮は「印鑑または薬を入れる入れ物」に過ぎない。それに平伏する武士たちは滑稽だ。
もし水戸光圀が本当に民百姓のための政(まつりごと)を考えていたのなら、徳川の紋所の前に大勢が土下座する世の中など終わらせたかったに違いない。光圀が印籠を出さず、正体を明かさず、ちりめん問屋の隠居と思われたままで何事もなく旅が終わるのがよかった。つまり印籠で相手を平伏させる手段は光圀にとっても不本意だったわけだ。
それが『水戸黄門』のスタッフが最後に言いたかったことかも知れない。
 
考えようによっては純粋に水戸光圀(徳川光圀)を主人口にした『水戸黄門』は月形龍之介の時代までだったにかも知れない。あるいは東野英治郎の時代の初期、主に杉良太郎が助三郎役だった時代まであろう。初期の東野黄門では印籠シーンが定着しておらず、始まって2年か3年くらいで定着した。最初に脚本に入れたのは宮川一郎らしい。西村俊一は『歴史への招待』で印籠提示を「権力悪への批判」としていたが、権威主義的であることは確かだ。
『江~姫たちの戦国~』でのNHK大河ドラマ50作を記念したガイドブックで、民放時代劇のスタッフの一人として『水戸黄門』の中尾幸男チーフプロデューサーは「印籠という人間でない物が主役になっている」として、「印籠も毎回出るわけじゃないし、由美かおるも毎回お風呂に入るわけじゃないが、そういうイメージが定着している」とコメントしていた。
 
つまり、ナショナル劇場の『水戸黄門』では東野黄門の初期から印籠が主人公となっており、西村黄門の途中から「入浴する由美かおる」が主人公となってしまった。ナショナル劇場のスタッフは『水戸黄門漫遊記』を題材にしてホームドラマを描こうとして、試行錯誤の末に、「家紋の描かれた薬入れ」と「入浴中の女優」が注目されるバラエティ番組と化していた。
 
『水戸黄門』終了は「時代の流れ」と言われるが、1969年に始まった時点で充分に古かった。『水戸黄門漫遊記』は幕末~明治維新から1世紀経過した1960年代で終わっており、1970年代から2000年代まで続いていたのは「印籠」がメインの時代劇であり、さらに1986年から四半世紀の間は「入浴シーン」が視聴者の関心の的になっていた。脚本は完全に無視されていたわけである。
 
春日太一氏が指摘したようにナショナル劇場の『水戸黄門』のパターンは同じ曜日の同じ時間帯に1時間番組を毎週見る視聴者の生活リズムに合わせた結果、形成されたものだった。
スタッフにとって本当の『水戸黄門』は印籠が出たり出なかったりした初期の東野黄門であり、印籠が定番化したほうが異常で、その異常な状態が40年続いてしまった。異常な姿が本道とされるようになったわけだ。スタッフは石坂黄門で印籠の出ない話を復活させるなど、何度か『水戸黄門』を「本来の姿」に戻そうとしたが、そのつど、多くの視聴者からのクレームに遭って、印籠シーンを定番化させるしかなかった。
 
石坂・里見黄門のスタッフが21世紀に印籠のない『水戸黄門』を作って月曜夜8時に放送すると視聴者が抗議するが、これが初期の東野黄門であれば「昔は印籠が出ない話もあった」ということで視聴者も納得するだろう。東野黄門であれば「由美かおるのお風呂」などないほうが当たり前である。
幸い、初期の東野黄門はTSUTAYAでレンタル可能であるし、『水戸黄門』終了と前後して東野黄門がDVD化されている。
 
結局、どう考えても、スタッフは『水戸黄門』の本放送をやめて再放送とDVDだけを視聴者に提供してゆけばいいという結論になるわけだ。
 
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2012年5/27 5/25~31
 
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