大姥局がお産に効く食べ物を本で調べており、改めてネットで確認すると『産法秘伝抄』か。
この番組の歴史観では、「傳」を「伝」にする日本式俗字は関ヶ原の合戦の直後から使われていたようだ。
この番組の歴史観では、「傳」を「伝」にする日本式俗字は関ヶ原の合戦の直後から使われていたようだ。
江が懐妊するが、侍女の「なつ」も妊娠が判明。
なつは男児を出産。のちに夭折する長丸であろう。
なつは男児を出産。のちに夭折する長丸であろう。
江は「この子が女子(おなご)であれば離縁してください」と秀忠に頼み、産んだのは姫で、江は勝姫と名づける。小説では秀忠が名づけた。
秀忠は離縁を拒否し、なつと赤ん坊を城から追い出したと告げた。
秀忠は離縁を拒否し、なつと赤ん坊を城から追い出したと告げた。
次回は千姫の婚礼。
江が大坂に行き、3姉妹が久々の再会、そしてこれが3人が集まる最後の機会となった。
江が大坂に行き、3姉妹が久々の再会、そしてこれが3人が集まる最後の機会となった。
千姫を演じるのは7歳の芦田愛菜。
次に完を演じるのは秀吉死去当時の子役栗本有規から、13歳の山本舞香にバトンタッチ。
次に完を演じるのは秀吉死去当時の子役栗本有規から、13歳の山本舞香にバトンタッチ。
勝姫は1615年(陽暦で翌年)に仙千代(松平光長)を産む。
『葵 徳川三代』によると秀忠は家光に嫡男がない場合、仙千代を家光の養子とすることを考えていた。
秀忠は1632年没で、家綱が生まれたのは1641年であった。
秀忠が養子を考えていたのは当然だろう。
『葵 徳川三代』によると秀忠は家光に嫡男がない場合、仙千代を家光の養子とすることを考えていた。
秀忠は1632年没で、家綱が生まれたのは1641年であった。
秀忠が養子を考えていたのは当然だろう。
『葵 徳川三代』で勝姫と仙千代は完姫と九条忠栄の息子2名・二条康道、九条忠象と対面している。この2名は勝姫にとって甥、仙千代(秀忠の孫)にとっては從兄である。
豊臣秀勝と江の息女
・豊臣完子(1592~1658)
・豊臣完子(1592~1658)
徳川秀忠と江の子
・千姫(1597~1666)
・珠姫(1599~1622)…1601年、3歳で金沢入り、前田利常と結婚
・勝姫(1601~1672)…天崇院
・初姫(1602~1630)…千姫婚礼のとき、江が二条城で出産?
・家光(1604~1651)
・国松(1606~1633:陽暦で翌年)…別名・国千代、徳川忠長、松平長七郎の父
・和子(1607~1678)…1623年に女一宮興子内親王を出産
・千姫(1597~1666)
・珠姫(1599~1622)…1601年、3歳で金沢入り、前田利常と結婚
・勝姫(1601~1672)…天崇院
・初姫(1602~1630)…千姫婚礼のとき、江が二条城で出産?
・家光(1604~1651)
・国松(1606~1633:陽暦で翌年)…別名・国千代、徳川忠長、松平長七郎の父
・和子(1607~1678)…1623年に女一宮興子内親王を出産
その他
・都築安房守兼次(?~1634)…家光の兄(『将軍家光忍び旅』に登場、演:中条きよし)
・都築安房守兼次(?~1634)…家光の兄(『将軍家光忍び旅』に登場、演:中条きよし)
『#平成23年 9月18日『#江~姫たちの戦国~』
第36話「男の覚悟」』 /#平成大河ドラマ/
T-CupBlog>9月18日『江~姫たちの戦国~』第36話「男の覚悟」
2022-08-12 22:38:38
【画像】安土桃山時代の元号(天正~慶長)
【画像】江戸時代の元号(慶長~慶応)
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