最近、大河ドラマで劇中の人物が「家康様」「秀吉様」など諱(いみな)を平気で使っている傾向があり、大野敏明氏が例によってネットの「歴史ドラマのウソホント」で繰り返し批判している。

しかし時代劇を観る人の多くは歴史の勉強のために観ているわけではないし、高台院についても『おんな太閤記』で「ねね」、『江~姫たちの戦国~』で「おね」となっており、大野氏はネット上の「【歴史ドラマのウソホント】『江』(1) 岐阜城に畳はない」で「■『ねね』説の方が有力」としており、大野氏は『おんな太閤記』には言及していない。

一方、時代劇で官職名だけだと視聴者が理解できないという製作者側の考えも安易すぎる。
『水戸黄門』の主人公が徳川光圀(主題歌のときの表示は「水戸光圀」)で、『大岡越前』の主人公は大岡忠相である。
光圀の場合、格さんが「怖れ多くも先の副将軍・水戸光圀公にあらせられるぞ」と言うのは諱を言っていることになるが、それ以外では「御隠居(ご隠居)」「御老体(ご老体)」「御老公(ご老体)」と呼ばれている。
『大岡越前』と『暴れん坊将軍』では大岡忠相は吉宗から「忠相」と呼ばれているが、あとは「大岡様」「越前殿」、同心たちからは「お奉行」と呼ばれるのが普通である。

『遠山の金さん』の場合、「遠山金四郎」は通称であろう。裁きの場面では「北町奉行・遠山左衛門尉様、御出座」という声が毎回流れるし、景元は諱(いみな)であろう。劇中で誰も金さんは「景元さん」とは呼ばれていない。

特に『水戸黄門』と『暴れん坊将軍』では主人公が市井で偽名を名乗っているので、観ていると偽名のほうがよく耳に入る。『水戸黄門』の光圀は「光(右)衛門」を名乗っているし、『暴れん坊将軍』の吉宗は「徳田新之助」を名乗っている。『暴れん坊将軍』では江戸城の爺と大岡忠相は吉宗を「上様」と呼び、め組の火消したちは「新さん」と呼んでいる。

必殺シリーズの場合、多くの架空の人物であるが、周りの登場人物の台詞からは正式な名前がなかなかわからない場合が多い。
『必殺仕置人』の中村主水は家では「婿殿」「貴方」『うちの人」と呼ばれ、奉行所で「中村」「中村さん」で、裏稼業の仲間からは「中村さん」または「八丁堀」と呼ばれている。「もんど」と呼ばれる場面は少ない。
念仏の鉄や棺桶の錠、糸井貢、何でも屋の加代や秀、政、勇次は「八丁堀」と呼ぶし、山田五十鈴が演じた三味線弾きの女仕事人(おとわ、おりく)や滝田栄が演じた助っ人仕事人(千葉周作、清河八郎など)、あるいは東山紀之扮する渡辺小五郎(~しょうごろう)が主水を「中村さん」と呼んでいた。

「八丁堀」は江戸の地名であり、主水が住んでいる場所で、町方同心の代名詞となっている…という予備知識が観る側にないと、秀や政たちが言う「八丁堀」が主水のことだとは、なかなかわからない。

映画『必殺!THE HISSATSU』で片岡孝夫が演じた人形遣いの太夫は此北朝之助で、これはオープニングのキャスト紹介で確認できる。
スペシャル『仕事人VSオール江戸警察』で田村亮が演じた三味線屋は劇中で「三味線屋」と呼ばれるだけで、駒吉が「しんさん」と呼んでいたことから「しん」で始まる名前とわかるが、本名は劇中の台詞ではわからない。エンディングの表示で「太棹の新之助」と判明している。

『新必殺仕置人』の己代松または巳代松は「みよまつ」と読む名前のようで、エンディングの表示で「己代松」、多くの本で「巳代松」である。ただ第1話「問答無用」を観ても鉄が「マツ」と呼んでいるだけで「みよまつ」は「友情無用」でやっと確認できた。

『八百八町夢日記』では榊原忠之が「夢之介」を名乗っており、「忠之」は冒頭のナレーションとクライマックスの立ち回りの前に確認できるのみであった。

『真田太平記』では真田幸村の息子・大助(真田幸昌)が秀頼に「右府様には何とぞ御出陣願わしゅう」と言っていた。「秀頼」は真田幸村と弟の会話のように当人がいないときに使われるくらいであった。幸村自身は「源二郎」と呼ばれることが多く、最期の自決の場面で「真田さえもんのすけ(左衛門佐?)幸村」と名乗っていた。

主人公をどう呼ぶかでその人と主人公の人間関係の違いがわかるし、同じ人物が複数の名前を持つことが今と違う時代を示している。