中国の朝鮮族にとっての「朝鮮」
南朝鮮の人は「朝鮮」[t∫osʌn] という単語を嫌うようだが、中国の朝鮮族は「朝鮮」Chaoxian という民族名に誇りを持っており、南朝鮮人が中国の朝鮮人を「韓国人」と呼んだら、それは誤りである。そして、これは朝鮮民族内部の対立である。「韓民族」Han-minjok は「漢民族」と同音なので、朝鮮とシナを区別するためには、同音語はよろしくない。

 

南北統一について南が相変わらず「韓民族」に執着しているのに対し、北は「高麗」Koryeo という名称を提案している点では、北の方が世界に対して配慮がある。
ロシアやカザフスタンなど旧ソ連の朝鮮人は「高麗人」Koryeo-in、Koryeo-saram を名乗る。
これはロシア語で「朝鮮」がКорея(=Koreja、j は半母音)、「朝鮮人」がкореец(=korejets)であることの影響もあるだろう。

 

「朝鮮」という言い方をめぐる朝鮮族と韓国人の対立について興味深いHPを見つけた。
www2u.biglobe.ne.jp/~y-japan/EPI/KINKU.html

 

「外国人と日本語教育」管理人・根本ゆかり氏のHPだったが今では閉鎖されている。そこにはこういう文があった。
禁句?

 日本人と話している時には特に問題がないのに、ある特定の国の人と話す時、不用意に使ってはいけない言葉、と言うものがある。「朝鮮」と言う言葉は、その代表的なものの一つで、韓国人の前でそれを言う時には細心の注意をしなければならない。

 韓国は1392年から1910年まで李氏朝鮮と言う王朝時代があって、当時の日本人は、現在の大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国のことを「朝鮮」と呼び、そこに住む人々を「朝鮮人」と呼んでいた。以来、今でも日本の大学には「韓国語」を学ぶ学科として「朝鮮語科」があり、天気予報で「朝鮮半島」から寒気団が流れ込んだり、「南北朝鮮」の統一問題について論じる人たちがいる。韓国人は今、そう言う言い方をしない。日本でも国名としての「朝鮮」や「朝鮮人」は、若い人はほとんど使わなくなったし、「朝鮮語」や「南北朝鮮」は生活の中にそれほど多く登場する言葉ではない。しかし「朝鮮半島」は、天気予報をはじめ地理や歴史など、現在の生活の中で多用され、日本語の教科書の例文にまで出てくる!

 日本語学校には韓国人が多いから、日本語教師になってまもなくから、私はこの言葉に悩まされた。始めの頃は韓国人の言い方に合わせて「韓半島」と言ってみたりしたが、それも日本語としては通用しない言葉なので抵抗があり、結局「半島」と言えば前後の文脈からたいていは通じることがわかって、それで代用していた。

 ところが・・・・・。それでも問題は起きてしまった。中国の朝鮮族と韓国人が何人かいるクラスだった。授業中、朝鮮族の女性が言い出した。
「韓国人はどうして朝鮮と言う言葉がきらいですか。漢字は朝が鮮やかです。とてもきれいな言葉です。昔から使った伝統の言葉です。韓半島とか北韓(北朝鮮)は、韓国だけ使います。他の国は使いません。私は中国の朝鮮族で、朝鮮語を話します。朝鮮が好きです。」
 韓国人の反論は一様ではなかったが、だいたい次のようなものだったと思う。
「日本人が韓国を支配していた時に使った言葉だから、きらいです。支配された時のいやなことを思い出します。差別的な言葉です。」
「朝鮮は北(朝鮮)の言葉です。子供の時から使ってはいけないと言われました。政治的なにおいがするからいやです。」
「今の正しい国名は大韓民国で、朝鮮は李氏朝鮮時代のことです。昔の国名をどうして今使いますか?」

 中国東北部に住む朝鮮族の多くは、朝鮮半島の出身者だ。戦時中、中国の満州と朝鮮半島の領有権を主張した日本政府が、1930年代に満州移民政策を行い、日本人ばかりではなく朝鮮半島の人々も移住させたのだ。1945年、第二次世界大戦が終わって、日本が戦争に負け、中国や半島が日本の支配から解放されても祖国に戻れず、中国に定住した人々は百万人を超えると言われている。この人たちの中には、今でも祖国を懐かしんで、帰りたがっている人が少なくない。韓国のマスコミでも、そうした人々のことは、時々テレビで報道されると言う。韓国の若者は、日本に来て初めてその朝鮮族に会い、戦争の犠牲になって田舎に住んでいる同胞を哀れむ。そして彼等を韓国人、と呼ぶ。

 ところが、中国に生まれて育った若い朝鮮族は、昔強制的に移住させられた世代とは違う。中国はその長い歴史上、異民族との共生について豊かな経験と智恵を持つ国だ。多民族国家として統一を保っている裏に、優れた少数民族優遇政策がある。在日韓国人とは比べものにならないほど、民族の言葉も文化も大切に保護されてきた。だから、中国の朝鮮族は愛国心豊かな立派な中国人で、漢民族との関係も私が見る限りでは良好だ。また北朝鮮の人々とも交流があるし、朝鮮と言う言葉にも否定的な気持ちはない。そういう状態の所へ、日本に来て韓国人と呼ばれたり、韓国語とは少し異なる朝鮮語にケチをつけられたりしているうちに、同じ民族であるはずの韓国人との気持ちのずれに気がつき、少しずつ不満がたまっていたようだ。日本人である私が韓国人に配慮をして、「朝鮮」と言う言葉を使おうとしないことにも不満を感じていたのだろう。

 中国の漢民族は朝鮮族の味方だ。
「私たちも朝鮮と言う言葉を使います。韓国のことも、少し前まで南朝鮮と言いました。差別とか政治的な意味はありません。それに彼女たちは中国の朝鮮族です。民族は同じでも韓国人ではありません。私たちと同じ中国人です。韓国人と言わないでください」

 私はと言えば、そういう対立を生む要因を作ってしまった国の人間としての責任を感じ、ただうなだれて聞いているほかはない。韓国人対朝鮮族を含めた中国人の割合は、ほぼ半々のクラスだ。どちらも自分たちの主張を譲らない。そのうちこのままでは、いつまでたってもらちがあかないと思ったのか、中国人の一人が
「中国人の間では朝鮮と言ってもいいです。でも韓国人の前では言わないようにしましょう」
と言い出し、私もとりあえずその意見を結論として話し合いを終わらせた。しかし「朝鮮」と言う言葉に愛着を感じると言う朝鮮族の女性たちは、最後まで不満そうだった。

 中国、韓国、日本。同じ漢字を共有しながらそこに込められる思いはみごとに違ってしまった「朝鮮」の二文字。このたった二文字の中に、それぞれの国の歴史と文化が詰まっている。
 私は今も時々韓国人と中国の朝鮮族がいるクラスで日本語を教えるが、最近朝鮮半島と言う言葉を故意に避けることはしなくなった。時が流れて戦争が遠ざかるにつれ、言葉の問題も以前ほど気にする人がいなくなったし、もしクレームがついてもまた話し合えばいいと思っている。あの日確かな結論は出なかったが、みんなが話し合ってお互いの考え方の違いを知ったことは、あの場に居合わせただれにとっても貴重な経験だったのだから。

 

根本氏はここで「こういう朝鮮民族同士の対立を生んでしまったのは日本だったので日本人として何も言えなかった」としているが、それは違う。朝鮮人同士が自称「韓国人」と「朝鮮人」に分かれたのは米ソ冷戦のせいもあるが多くは朝鮮人内部の問題で日本人には責任はない。
└→その2

 

補足
朝鮮語による「朝鮮」の發音は平音の ch~j で始まる。
激音を ch で表し、平音を c で表すと「朝鮮」の自称は Coseon になる。
平音を p、t、s、c、k で表すと「朝鮮半島」は co-seon-pan-to、「朝鮮民族」は co-seon-min-cok になる。

 

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2011年5/26 5月