お江の方は松平長七郎の祖母だった(江戸初期徳川家系図)
浅井長政━━┳市(信長の妹)
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______┃_______徳川家康
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┃__┃__┃正室_____┃______側室
茶々_初__江━━┳━━━━徳川秀忠━┳━浄光院
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______千姫_家光__松平忠長__保科正之_梓右近(『江戸を斬る』第1部)
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______家綱_綱吉_綱重__松平長七郎(『長七郎江戸日記』)
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____________家宣
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____________家継
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______┃_______徳川家康
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茶々_初__江━━┳━━━━徳川秀忠━┳━浄光院
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______千姫_家光__松平忠長__保科正之_梓右近(『江戸を斬る』第1部)
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______家綱_綱吉_綱重__松平長七郎(『長七郎江戸日記』)
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____________家宣
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____________家継
光文社『FLASHスペシャル』2011年1/31増刊号に3姉妹の生没年が記されている。
それによると茶々(1569~1615)、お初(1570~1633)、お江(1573~1626)となっている。
なお、お江と秀忠の間の四女に初姫がいて、お江の姉・お初の養女となっており、姪と伯母、養女と養母で同じ「初」という名前だったことになる。
秀忠の息子だった駿河大納言・松平忠長がお江の息子であったことから、松平長七郎はお江の孫になる。
すると長七郎は浅井長政の子孫ということになる。浅井の血を継ぐ徳川の将軍は7代家継まで続いた。
『将軍家光忍び旅』では家光の兄が登場し、最後に家光と戦って敗れたが、この家光の兄がお江の息子か、それとも側室・浄光院の息子か定かではない。
江戸時代の将軍家で、正室で世継ぎを産んだのはお江だけだったらしい。
それによると茶々(1569~1615)、お初(1570~1633)、お江(1573~1626)となっている。
なお、お江と秀忠の間の四女に初姫がいて、お江の姉・お初の養女となっており、姪と伯母、養女と養母で同じ「初」という名前だったことになる。
秀忠の息子だった駿河大納言・松平忠長がお江の息子であったことから、松平長七郎はお江の孫になる。
すると長七郎は浅井長政の子孫ということになる。浅井の血を継ぐ徳川の将軍は7代家継まで続いた。
『将軍家光忍び旅』では家光の兄が登場し、最後に家光と戦って敗れたが、この家光の兄がお江の息子か、それとも側室・浄光院の息子か定かではない。
江戸時代の将軍家で、正室で世継ぎを産んだのはお江だけだったらしい。
千姫は1597年生まれ、松平忠長は1606年生まれ、保科正之は1611年生まれである。
2011年8月、竹脇無我が他界。
竹脇無我が演じた梓右近は、里見浩太朗が演じた松平長七郎にとって叔父に相当する。
竹脇無我が演じた梓右近は、里見浩太朗が演じた松平長七郎にとって叔父に相当する。