第37代斉明天皇(594~661、在位655~661)は大化の改新のときの皇極天皇(在位642~645)の重祚である。
大化の改新のときは皇極天皇だったので、こちらの名前のほうが馴染みがある。

NHK『ニュース7』で奈良県明日香村の牽牛子塚(けんごしづか)古墳のそばに別の古墳がみつかり、斉明天皇とその孫むすめ・大田皇女の古墳である可能性があり、これが『日本書紀』の記述に合うという話だった。
宮内庁は別の墓を斉明天皇の墓と指定しており、「考古学は状況証据だけで、天皇の名前の書いてある史料でも見つからない限り指定は変更しない」としているようだ。
すると宮内庁は『日本書紀』とは別の解釋をしていることになる。

普通、日本の古代史では『記紀』による神武天皇や日本武尊、ヤマタノオロチなどが登場する神話的な話があり、これに対し、縄文時代から弥生時代、古墳時代の出土品やシナの『魏志倭人傳』などの邪馬台国に関する記述などをもとにする「考古学的」な歴史研究もあり、朝日新聞社の『マンガ日本史』では当初、応神天皇を初代天皇として、今年になって日本武尊を扱うというケースもあった。

今回の斉明天皇の墓らしき墓の場合、「考古学的」な發見が『日本書紀』の記述を裏付け、宮内庁がそれを認めないという、奇妙で興味深い「ねじれ現象」となっている。

なお、総合テレビの『ニュース7』を観たせいもあり、同じ時間帯の『地球ドラマチック』の望遠鏡の歴史の後編は見逃した。

中大兄皇子は天智天皇なのだが、皇子時代の名前のほうが有名であろう。

中大兄皇子→38天智天皇
大友皇子→39弘文天皇
大海人皇子→40天武天皇


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2010年12/9