119ページ
73年『小三』7月号「ぼく、マリちゃんだよ」てんコミ8(1964年度生まれ)
80年『小六』4月号「めだちライトで人気者」てんコミ24(1968年度生まれ)
82年『てれびくん』6月号「翼ちゃんがうちへきた」てんコミ29
73年『小三』7月号「ぼく、マリちゃんだよ」てんコミ8(1964年度生まれ)
80年『小六』4月号「めだちライトで人気者」てんコミ24(1968年度生まれ)
82年『てれびくん』6月号「翼ちゃんがうちへきた」てんコミ29
121ページ
84年『小三』3月号「巨大立体スクリーンの中へ」てんコミ32(1974年度生まれ)
86年『小六』1月号「人気歌手翼ちゃんの秘密」プラス5(1973年度生まれ)
84年『小三』3月号「巨大立体スクリーンの中へ」てんコミ32(1974年度生まれ)
86年『小六』1月号「人気歌手翼ちゃんの秘密」プラス5(1973年度生まれ)
123ページ
71年『小四』6月号「あやうし!ライオン仮面」てんコミ3(1961年度生まれ)
70年『小四』9月号「あぁ、好き、好き、好き!」てんコミ3(1960年度生まれ)
72年『小三』12月号「重力ペンキ」てんコミ5(1963年度生まれ)
71年『小四』6月号「あやうし!ライオン仮面」てんコミ3(1961年度生まれ)
70年『小四』9月号「あぁ、好き、好き、好き!」てんコミ3(1960年度生まれ)
72年『小三』12月号「重力ペンキ」てんコミ5(1963年度生まれ)
125ページ
74年『小六』12月号「流行性ネコシャクシビールス」てんコミ6(1962年度生まれ)
80年『小六』8月号「ぼくよりダメなやつがきた」てんコミ23(1968年度生まれ)
85年『小六』5月号「ふつうの男の子にもどらない」てんコミ40(1974年度生まれ)
74年『小六』9月号「赤いくつの女の子」てんコミ6(1962年度生まれ)
74年『小五』6月号「表情コントローラー」てんコミ15(1963年度生まれ)
74年『小六』12月号「流行性ネコシャクシビールス」てんコミ6(1962年度生まれ)
80年『小六』8月号「ぼくよりダメなやつがきた」てんコミ23(1968年度生まれ)
85年『小六』5月号「ふつうの男の子にもどらない」てんコミ40(1974年度生まれ)
74年『小六』9月号「赤いくつの女の子」てんコミ6(1962年度生まれ)
74年『小五』6月号「表情コントローラー」てんコミ15(1963年度生まれ)
127ページ
86年『小五』2月号「夜空がギンギラギン」てんコミ38(1974年度生まれ)
85年『小六』3月号「右か左か人生コース」てんコミ42(1972年度生まれ)
86年『小五』2月号「夜空がギンギラギン」てんコミ38(1974年度生まれ)
85年『小六』3月号「右か左か人生コース」てんコミ42(1972年度生まれ)
131ページ
81年『小二』9月号「なんでも空港」てんコミ32(1973年度生まれ)
80年『小六』5月号「オンボロ旅館を立て直せ」てんコミ32(1968年度生まれ)
66年『小四』7月号『オバケのQ太郎』より「となりのにくいやつ」(1956年度生まれ)
84年『小六』8月号「友だちの輪」てんコミ38(1972年度生まれ)
80年『小六』1月号「影とりプロジェクター」てんコミ19(1967年度生まれ)
67年『小四』8月号『パーマン』より「我が友『有名人』」
└→『ド・ラ・カルト』での表記は「我が友「有名人」」だった。
82年『漫画アクション』増刊(双葉社)スーパーフィクション号11月9日法『倍速』
81年『小二』9月号「なんでも空港」てんコミ32(1973年度生まれ)
80年『小六』5月号「オンボロ旅館を立て直せ」てんコミ32(1968年度生まれ)
66年『小四』7月号『オバケのQ太郎』より「となりのにくいやつ」(1956年度生まれ)
84年『小六』8月号「友だちの輪」てんコミ38(1972年度生まれ)
80年『小六』1月号「影とりプロジェクター」てんコミ19(1967年度生まれ)
67年『小四』8月号『パーマン』より「我が友『有名人』」
└→『ド・ラ・カルト』での表記は「我が友「有名人」」だった。
82年『漫画アクション』増刊(双葉社)スーパーフィクション号11月9日法『倍速』
133ページ
87年『小六』4月号「ぼくミニドラえもん」てんコミ41(1976年度生まれ)
87年『小六』4月号「ぼくミニドラえもん」てんコミ41(1976年度生まれ)
ミニドラは1973年『幼稚園』3月号にも登場しているが未収録らしい。『大全集』は『小一』から『小六』までと『大長編』の作品を収録しているようだ。
135ページ
86年『コロコロ』6月号「ドラえもんひみつ道具 アイディアコンテスト募集のお知らせ」
89年『小三』10月号「ドラえもんが重病に」てんコミ45(1980年度生まれ)
86年『コロコロ』6月号「ドラえもんひみつ道具 アイディアコンテスト募集のお知らせ」
89年『小三』10月号「ドラえもんが重病に」てんコミ45(1980年度生まれ)
短編最終作は91年『小三・小四』3月(4月号)「こわーい!百鬼夜行せんこうと説明絵巻」らしい。これは『ド・ラ・カルト』巻頭年表による情報で、この年表では發賣された月で書かれてあるので、3月掲載であれば4月号。2月發賣の3月号で最終作というのならわかるが、4月号が最後というのは意外である。
タイムマシンがしゃべるようになったのは映画『パラレル西遊記』からだが、原作大長編では次の『日本誕生』から。
タイムマシンがしゃべるようになったのは映画『パラレル西遊記』からだが、原作大長編では次の『日本誕生』から。