のび太が1970年で10歳の場合

のび太が1975年で10歳の場合
ここで便宜上、のび太が1975年ごろでも小学生だと假定してのちの作品がどうなるか考えてみる。
てんコミ第2巻「ぼくの生まれた日」ののび太は1964年8月7日生まれで、1970年1月当時は5歳8箇月の設定なので、小学校入学は1971年4月、卒業は1977年3月であり、1975年度で小学5年生である。
年齢を1歳「若く」して1965年8月生まれとすると、1975年4月から小4である。

まず「竜宮城の八日間」でのび太が1982年に竜宮城から帰還しているが、1975年でのび太が小学生だとすると、1975年前後に帰還していたことになるはずだ。のび太が1965年生まれなら小学校入学は1972年4月なので、ドラえもんと出会った正月は少なくとも1973年以降である。
1982年後は1975年から7年後であり、『ドラえもん』の世界で7年後はのび太が17歳の世界である。つまり高校生ののび太だ。「ぼくを、ぼくの先生に」(てんコミ3)と「ガッコー仮面登場」(てんコミ33)では中学生ののび太(推定13歳)が小学生ののび太を鍛えようとしたとき、高校生ののび太が来訪して中学生ののび太を鍛えようとしていた。

「ハリーのしっぽ」は1986年ハレー彗星接近の前年という時代設定が動かせないので、1975年ののび太にとって10年後の近未来になる。例えば1975年で10歳ののび太にとって10年後は15歳、中学3年のときになるので、小学生ののび太が10年後の自宅に行ってのび吉の巻物を見つけるか、中学生ののび太が「10年後」の世界でのび吉の巻物を見つけ、それで中学生または小学生ののび太がタイムマシンで1910年の野比家を訪れる話になるだろう。
「雪山のロマンス」で静香がのび太に求婚した「14年後」は1989年になるが、原作第1話でのび太のジャイ子の結婚が予定されたのが「19年後」でこれがちょうど1989年である。
なお1989年にのび太と静香が結婚したとすると1990年に息子・ノビスケ誕生。浅田真央、木村昴(2005年以降、ジャイアンの声担当)と同い年だ。ノビスケが10歳くらいに成長したのは2000年。これが1975年を基準にした「のび太の25年後」の時代である。

2003年のアニメで渡辺美里が出た話の場合、渡辺美里自身は1967年7月生まれなので、1975年当時は小学2年生である。だからのび太少年が小学生時代の美里と対面することになり、28年後の近未来に行ったときにのび太たちが大人になった美里のコンサートに行く話になるだろう。

渡辺美里のデビューは1985年であり、この年の誕生日で美里は18歳。ぎりぎりデビュー直後のコンサートが描かれるとしても10年後の近未来、のび太たちも20歳前後になっている時期である。
あるいは渡辺美里が7歳のころの自分の声を担当する形になっていたかも知れない。
実際のアニメではのび太が小学5年生のときに美里がおそらく放送当時のままの年齢で出演したので、のび太が1992年生まれ、渡辺美里は1967年生まれで、のび太は美里より25歳年下になったわけだ。

2007年の「ママのダイヤを盗み出せ」の場合、原作では1975年ごろでのび太が小学生であり、玉子は1948年(27年前)に『黄金バット』の紙芝居を観ていた。玉子が何歳だったか原作では言及されていないが、大人の玉子が36歳なら27年前は9歳、38歳なら27年前11歳である。ただ少年のび太が少女玉子を一緒にいる絵を観ると、のび太が10歳か11歳に対し、玉子は確かに7歳か8歳に見える。

2007年から27年前だと1980年になるが、「赤いスイートピー」が流れていたので1982年以降になる。
1975年が舞台なら7歳の玉子は30年ほど前になるので1945年前後。『黄金バット』でもおかしくない。では、1975年当時を舞台にした『ドラえもん』に松田聖子が登場するとどうなるか。

1975年でのび太が10歳とするとのび太は1965年生まれ(1959年生まれから数えて6人目)。松田聖子より3歳年下なだけである(2007年のアニメの玉子は1975年生まれになるので、2007年版の母親が1975年版の息子より10歳年下になってしまう)。
蒲池法子さんは1975年で13歳。しかも早生まれなので1975年4月から中学2年だったはずだ。のび太が小学生だった時代には蒲池法子さんは女の子用の学生服に身を包んだ女子中学生だったことになる。しかも蒲池法子さんは高校2年まで久留米にいたらしい。のび太と会う機会ができるのは1979年に上京してからである。

松田聖子の歌手としてのデビューは5年後であったから、のび太が中学3年になったとき。「赤いスイートピー」が出た1982年はのび太が17歳、松田聖子が20歳になった年である。
だからのび太が松田聖子と出会うなら高校生時代の近未来まで行く必要がある。

のび太が1979年3月で小学校卒業の場合(1977年8月7日で10歳)
もし、のび太が1979年度でぎりぎり小学6年生とすると1967年生まれ(1959年生まれから数えて8人目)で、この場合、歌手デビュー直前の高校3年の蒲池法子さんが小6ののび太と会う可能性もあった。
この場合、のび太は渡辺美里と同学年で、1980年の『映画ドラえもん のび太の恐竜』公開のときに小学校を卒業していたことになる。

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2010年9月 9/22