2003年12月、第32部の直後に1000回記念スペシャルが放送されたようだ。
1969年の放送開始から34年経過していた。
└→『水戸黄門』放送41年と光圀隠居10年
└→『水戸黄門』主演俳優、主要キャラクター変遷

1000回ということは、光圀が同じ町を何度も訪れたのを複数に数えると、のべ1000箇所訪れたわけで、1000日以上、旅をしていたことになる。その中には水戸や江戸も含まれる。

本放送は1000週だったとすると、52週間が1年なので19年余り、20年弱に相当する。
光圀の隠居期間は10年だったのでほぼ2倍。しかもドラマの光圀が常に移動していたと假定して20年弱である。これでは『大日本史』を編纂する暇もなかったことになる。

約35年の放送で描いた漫遊が20年ほどであるから、40年では23年ほどの旅を描いたことになる。
32部で1000話ということは1部当たり31話あら32話くらいである。実際は20数話で終わったシリーズもある。
40部で1200話以上になる。

ドラマの光圀が20年分の時間を描いているとすると、42部までを2つに分けて、第1部から第21部までと第22部から第42部までで、光圀隠居時代を2回描いていたことになる。
この場合、前半はほぼ東野英治郎版と西村晃版に相当し、後半はほぼ佐野浅夫版~石坂浩二版~里見浩太朗版に相当する。

しかし時代設定は石坂浩二版の第29部でリセットされており、その前の西村版から佐野版まではお銀、飛猿の設定など、世界観がつながっている。

『大岡越前』や『江戸を斬る』などの放送で休んでいた時期を除外した場合、放送中の各話の間の1週間を光圀の移動期間とした場合、41年の『水戸黄門』は10年ほどの時間を2回描いたわけだ。

ドラマの光圀が常に旅をしていた場合、第1部が25話ないし30話前後とすると2部(2シリーズ)で50週または60週である。
1年を52週間とすると、2シリーズで劇中の時間の流れは1年である。『水戸黄門』はほぼ2年かけて1年の時間の流れを描いていることになる。

1690┐┌第01部東野英治郎┐┌第22部佐野浅夫_
__││第02部_____││第23部_____
1691││第03部_____││第24部_____
__││第04部_____││第25部_____
1692││第05部_____││第26部_____
__││第06部_____││第27部_____
1693││第07部_____││第28部_____
__││第08部_____││第29部石坂浩二_
1694││第09部_____││第30部_____
__││第10部_____││第31部里見浩太朗
1695├┤第11部_____├┤第32部→1000回SP
__││第12部_____││第33部_____
1696││第13部_____││第34部_____
__││第14部西村晃__││第35部_____
1697││第15部_____││第36部_____
__││第16部_____││第37部_____
1698││第17部→500回__││第38部_____
__││第18部_____││第39部_____
1699││第19部_____││第40部_____
__││第20部_____││第41部_____
1700┘└第21部_____┘└第42部_____

1000回記念スペシャルは第2期の中間点だとわかる。第1期の第17部で500回を迎えているが、これは第1期の後半であった。
第1期第9部で格之進役が横内正から大和田伸也になった時期が、第2期では第30部に対応し、光圀役が第28部の佐野浅夫から第29部の石坂浩二になってさらに第31部で里見浩太朗になった時期とほぼ一致している。
また、第1期の第18部で助三郎役が里見浩太朗からあおい輝彦になっており、これは第2期に匂い絵は第37部の弥七再登場の直後、第40部での2代目八兵衛登場とほぼ対応している。

時代設定で考えると、第4部はこの表では1691年と対応するが、実際は光圀が江戸に2年ぶりに来たときなので西暦1692年になると思われる。第14部の時代設定も1692年か1693年であり、計算上は1696年ごろであっても、もっと前に設定が戻っていたことがわかる。
この表で第37部に対応するのが1697年、第38部に対応するのが1698年になっているが、実際は逆で、第37部は1698年の話で、第38部になると時代設定が1697年に戻っている。この表で第40部が1699年と対応しているが、実際は1693年ごろ(1694年より前)の話になっている。この表で光圀隠居後期になりながら、作品では光圀隠居前期になる点で第14部と第40部派共通している。
第29部で光圀隠居の過程が描かれたようだが、この表ではその3年後になる。
もっとも第1部と第29部では1694年末(陽暦で1695年初め)の紋太夫事件が描かれており、第1期では表と実際の時歳設定の差が大きいが、第29部だと表で1693年で、実際の時代設定に近づいている。

補足
もっとも光圀が1690年の隠居のあと、1691年に一度江戸を再び訪れ、2年後の1693年にまた江戸を訪れたのが第4部と解釋すると辻褄が合う。
光圀が西山荘に住むようになったのは1691年らしい。すると1690年の隠居から西山荘に住むようになるまで光圀は水戸藩江戸屋敷にいたのか、水戸領内にいたのか、よくわからない。
光圀が西山荘にいるより諸国漫遊をしている時期のほうが長いようであれば、もはや隠居とは呼べまい。光圀が旅をしなくてもいいように、公儀隠密を多数各地に常駐させておくのが得策であった。

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