大岡忠相が南町奉行だったのは1717年から1736年までの約20年。
大岡越前』の放送期間はレギュラーが1970年から1999年までの約30年で、2006年のスペシャル版で忠相が寺社奉行になるところが描かれたようだ。

ただ、『大岡越前』は『江戸を斬る』『水戸黄門』と交互に放送され、休止期間もあったので、それを省くと20年ほどになり、ほぼ、忠相の南町在職期間と重なる。
Wikipedia によると、片岡千恵蔵扮する大岡忠高は第6部まで。大岡忠高は実際は1701年に没している(下注釋)。
和田浩治扮する風間駿介は第9部まで。
松山英太郎扮する猿(ましら)の三次は第11部までで、第12部冒頭で殉職。
第12部で原田大二郎扮する同心が別の奉行所から移籍してきて、森田健作が演じていた同心(大岡忠相の配下)が入れ替わりに殉職。
森田健作は俳優から千葉県知事となり、一方の原田大二郎は俳優業を捨てて2010年の参議院(議員)選挙に臨んだものの落選しており、今思うと奇遇である。

西郷輝彦扮する新三郎は第14部、第15部にも登場。

1717┓┏1970─第1部(下注釋) 
1718┃┃1971─第2部 
1719┃┃1972┬第3部
1720┃┃1973┘
1721┃┃1974┬第4部
1722┃┃1975┘
1723┃┃1978─第5部(3年ぶり再開。1978年にはテレ朝で『暴れん坊将軍』開始)
1724┃┃1982─第6部(小石川養生所の医師が新三郎、演じたのは西郷輝彦)
1725┃┃1983─第7部
1726┃┃1984┬第8部
1727┣┫1985┘┬第9部
1728┃┃1986─┘
1729┃┃1988─第10部
1730┃┃1990─第11部
1731┃┃1991─第12部
1732┃┃1992┬第13部
1733┃┃1993┘
1734┃┃1996─第14部(養生所の医者が新三郎)
1735┃┃1998┬第15部
1736┛┃1999┘
___┗2006─スペシャル(忠相が寺社奉行に)

前後一覧
2010年8/25 9/16

関連語句
徳川吉宗の将軍在職期間 『暴れん坊将軍』の放送期間
大岡忠相の南町奉行在職期間 『大岡越前』の放送期間 大岡
年表(書庫「江戸期第中期」)


注釋
大岡忠高は実際は1701年に没している
『暴れん坊将軍』第8部第5話で大岡忠相の養父・吉兵衛が登場する。調べてみると、「史実」では忠相の養父は大岡忠真。この忠真も1700年に没している。
吉兵衛は大岡家の中間だったが博打をやめられず、大岡をおとしいれようとする悪人の手によって殺害される。吉宗が忠相に「吉兵衛はお前の親父だったのか」と言ったが、これは「親父代わり」の意味だろう。

第1部
加藤剛主演のナショナル劇場の『大岡越前』第1部。
第1話は山田奉行時代から始まった。
第2話が「町火消誕生」。江戸の「いろは47組」の町火消は1720年設立。
第5話「血の直訴状」。1721年目安箱設置。
第10話「裁かれる者は…」~第11話「呑舟先生はどこだ」の話で小石川養生所設立(1722年)。
第27~28話「天一坊事件」。事件は1728~29年に起きた。


参照
『暴れん坊将軍VIII』(水戸綱條の漫遊、大岡忠相の養父)
徳川吉宗の治世と『暴れん坊将軍』放送期間対照
遠山金四郎(景元)奉行在職期間と『江戸を斬るII』~『江戸を斬るVIII』放送期間
『大岡越前』は30年か40年か
江戸時代中期・年表
一般時代劇vs必殺シリーズ(2010年8月~)