『必殺まっしぐら!』の時代設定

秀が主水グループから一時的に離れていたときの話で、時代設定は1833年。仕事の的で大塩平八郎もいたが、仕事は遂行されなかったようである。『必殺まっしぐら!』は放送順では『激闘編』と『旋風編』の間であるが、時代設定の上では『激闘編』のハレー彗星接近を1835年とした場合、『まっしぐら!』はさらに2年前である。もっとも『裏か表か』の設定は1820年なので、『まっしぐら!』はその12年後になる。

1820年 『激闘編』の主水グループに秀が合流(『裏か表か』)
1832年 鼠小僧処刑(『必殺からくり人』)
1833年 秀が出張仕事(『必殺まっしぐら!』)
1835年 ハレー彗星接近(『激闘編』)
1837年 大塩平八郎の乱
1837~1841年 家斉大御所時代(『春日野局』)
1841年 家斉没(『風雲竜虎編』←ネットより)
1841年(陽暦で翌年) 鳥居耀蔵が南町奉行に(『仕置屋』『江戸警察』)
1849年 葛飾北斎没。秀と勇次が主水の仲間(『主水死す』)

1835年にハレー彗星接近。その前は Wikipedia では「1759年」、『空想科学読本3』の『暴れん坊将軍』に関する章の下欄外では「1758年」とあり、これは Wikipedia の記述を観ると、その時期に最初に観測されてから地球に最接近するまでの時間差などによるものだろう。いずれにしろ、1758年から1759年までは、日本では9代将軍・家重の時代で、必殺の時代設定としては例外に属するだろう。
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ハレー彗星 1759年で検索

ハレー彗星接近の2年後、1837年に大塩平八郎の乱。さらに2年たった1839年が蛮社の獄で高野長英らが投獄された。からくり人の時次郎が鳥居耀蔵暗殺を試みるが失敗し爆死。からくり人は壊滅。もっとも、仕掛の天平は生き残り、大坂で元締め・虎の用心棒になったらしい。天平が主水に接近し、鹿蔵の仇討ちを依頼したのが『仕事人大集合』。秀と勇次、おりく、加代も参加し、そこで棺桶の錠が協力。

その錠が勇次、おりくと再会したのが『仕事人アヘン戦争へ行く』で、これはアヘン戦争のあった1840年から1842年までの時期であろうか。ここで主水、秀、勇次ら仕事人は香港に渡った。これが『必殺仕事人IV』のSP版であるから、秀が主水グループにいた『IV』と別グループに属していた『まっしぐら!』の時代背景は前後の連続ではなく、やはり同時進行していた可能性もある(注釋)。

そして1849年に葛飾北斎が没し、1851年(推定)に主水が水野忠邦を暗殺。おそらくその直後に主水が小屋で爆死し、秀と勇次が見届けた。1853年の黒船来航のときに高野長英の弟子・糸井貢と裏稼業を始めた主水は別人であろう。



関連語句
必殺まっしぐら! 必殺まっしぐら! 1833 まっしぐら 秀 仕事人 秀 1820 1833 1842
作品(江戸時代、天保~弘化~嘉永) 時代設定 [1] [2]


注釋
また、秀が不在のときの主水・仕事人グループを描いた『仕事人V』も『意外伝』では時代設定が1840年代初めになると想われる。ここで主水は平手造酒(ひらてみき)と戦い、平手を倒すのだが、平手造酒はその前に平田深喜(ひらたみき)として主水、加代らと共闘し、鳥居耀蔵一派を暗殺している。鳥居耀蔵失脚は1844年であるから、主水と平手の戦いはそのあとである。
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仕事人 意外伝 1843 または 仕事人 意外伝 1844で検索
天保水滸伝 または 平手造酒で検索


参照
鳥居耀蔵就任からアヘン戦争終結まで
仕事人と遭遇したナポレオンは誰か
仕事人・秀の「10年前」はいつか
一般時代劇vs必殺シリーズ(2010年2月~)