『暴れん坊将軍』の吉宗と鶴姫は破談か?
今日の再放送。中村あずさ扮する彦根藩の姫・鶴姫は吉宗でなく徳田新之助と結婚しようと考えた。
江戸城で吉宗が新之助だと知ると、鶴姫は驚き、初めの予定どおり縁談を断った。

鶴姫は「将軍家とはいえ假面をかぶってわらわの心をもてあそんだ上様は許せない」(要旨)と言って吉宗の前から去った。
あとは鶴姫のそっくりさんが出る話のようで、話が混乱しそうなので観る気がしなくなった。
そっくりさんの亭主は「びしゅう(尾州? 備州?)たかおかはん(高岡藩?)」の人らしい。

『暴れん坊将軍』では将軍就任後の吉宗は独身の設定である。
吉宗には藩主時代に生まれた家重がいたが、『暴れん坊将軍』で家重が出た記憶はない。
結局、ドラマであっても将軍が偽名を名乗って街を出歩くのは人を騙すことであり、非常手段ではあっても、普段はあってはならないことである。

そっくりさんは「おきり」という名で尾張藩の別邸に連れられた。鶴姫の代役として茶会に参加し、吉宗の飲む茶に毒を入れる役だったらしい。宗春が吉宗暗殺を狙っていた。おきりの父が尾張藩に仕官。
悪人に捕えられた鶴姫がおきりに吉宗と新之助が同一人物だと告げるがおきりは信じず。
おきりは真相を知るが、結局、悪人たちに斬られてしまう。

吉宗は茶会を待たず、悪人たちを成敗。吉宗は夕焼けをバックに土手で鶴姫に自分がお忍びで町を歩く意味を語ってこの回終わり。
これが第8部だが、第9部では大奥大改革があり、ここでも吉宗は独身のようだ。

吉宗は8年前、「たかおか(<*たかをか)」藩をつぶしたことになっている。すると時代設定は吉宗が将軍になった1716年から8年後の1724年以降。なお、劇中で吉宗は江戸の吉原の路上で宗春と会っている。
新之助として町を出たのが就任2年後から。つまり1718年から。1719年に西川如見を招聘したからこれでいい。

『暴れん坊将軍』の鶴姫は彦根藩主井伊直惟の息女という設定だが、井伊直惟が藩主だったのは1714年から1735年まで。
1735年からは吉宗没後数年まで井伊直定が藩主。
作中で釣る姫の父が現役の藩主であれば1735年以前の話だ。

結局、藩主や幕臣に吉宗を憎むものが多く、吉宗が偽名を名乗って街を歩き、自ら政敵を処罰するのは、吉宗自身による政治や人事にも原因があることになる。
また、悪人と被害者の描写を見ると、武家の人間はあくまで直属の藩の家臣であって、直接の「上司」の命令であれば将軍暗殺にも加担するらしい。吉宗に人望がないせいもあるが、結局、江戸時代の武士にとっては将軍でなく藩主や家の主が重要だったことになる。
そうなると、幕末になって西郷隆盛が島津斉彬を尊敬しながら、西郷たちが徳川慶喜を尊敬せず逆に憎悪した理由もよくわかる。

民主党の小沢幹事長と検察の対決が激化しているようだが、鳩山首相は民主党代表であると同時に検察の間接的なトップでもある。首相の立場としては自分の部下同士の争いである。そう考えると『水戸黄門』における綱吉も同様で、結局、『水戸黄門』は綱吉の部下同士の争いにすぎない。

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2010年1月 2月 2/1