もしも中村主水の年齢が藤田まことの実年齢とほぼ同じだったら【壱】
 
藤田まことは1933年生まれであり、『必殺仕置人』で中村主水を始めて演じたとき、40歳であった。
ここで、中村主水の年齢が、演じた藤田まことの実年齢とほぼ同じだったら西暦何年生まれになるかという、少し強引な假定をしてみる。
演じた俳優の年齢はキャラクターの実年齢と違うことは『天地人』の信長と秀吉を観れば明らかだが、主水の場合、「仕事人」の後半で50代という可能性も考えて、敢えて役者の実年齢で考えてみる。
ただし、作品の中には1月放送のものもあるが、ここでは藤田氏の誕生日のあとの年齢を採用する。

 

『必殺仕事人2009公式ガイドブック』で『仕置人』の時代設定が文政とある。
『必殺DVDマガジン仕事人ファイル≪壱≫』(『必殺仕置人』に登場した中村主水の特集)の冊子では時代設定が文化・文政時代になっている。
文政元年は1818年なので、ここで主水が満40歳とすると満1778年生まれ、数え年40歳なら1779年生まれ。
平賀源内と入れ替わりである。
この主水は1820年(『裏か表か』『仕事人2007』)で42歳、1821年(『2009』)で43歳、1849~1851年(『主水死す』)で71~73歳。

 

 

『暗闇仕留人』は1974年の作品で、藤田まことは41歳。
時代設定は1853年から1854年まで。
主水が1853年で満41歳なら1812年生まれ、数え年41歳なら1813年生まれになる。
この主水は1820年(『裏か表か』『仕事人2007』)で8歳、1821年(『2009』)で9歳、そして1849~1851年(『主水死す』)で37~39歳。

 

 

『必殺仕置屋稼業』は1975年から76年1月までの作品。藤田まことは1975年当時、42歳。
鳥居耀蔵が南町奉行になった1841年で主水が満42歳とすると1799年生まれ、数え年41歳なら1800年生まれ。
もし、1842年で満42歳なら1800年生まれで、数え年41歳なら1801年生まれ。
この主水は1820年(『裏か表か』『仕事人2007』)で20歳、1821年(『2009』)で21歳、1849~1851年(『主水死す』)で40~51歳。江戸後期の「40歳基準」で「1840年で40歳」とした場合の主水がこれだ。
なお、『アヘン戦争』と『江戸警察』の主水はこれと同時代だが、この分析方法では藤田まことの年齢が違う場合、主水の生まれた年が別になってしまう。

 

 

『新必殺仕事人』は1981年から82年までの作品で、藤田まことは48歳から49歳。
だが、中村主水はここで43歳、筆頭同心・田中は24歳と設定されていたようである。

 

 

『必殺仕事人IV』のSP版『仕事人アヘン戦争へ行く』の場合、1983年の作品で、藤田氏は50歳。
時代設定は1842年なので、主水が満50歳なら1792年生まれ、数え年50歳なら1793年生まれで遠山金四郎や徳川家慶と同い年だ。
この主水は1820年(『裏か表か』『仕事人2007』)で28歳、1821年(『2009』)で29歳、1849~1851年(『主水死す』)で57~59歳。

 

 

『仕事人意外伝』は1985年の作品。『仕事人V』の序章だ。
時代設定は1843~1844年らしい。これで主水の満年齢が放送年における藤田氏と同じ52歳なら1791~1792年生まれで、数え年52歳なら1792~1793年生まれ。
この主水は1820年ごろで30歳前後、1950年ごろで60歳前後。

 

 

『必殺!ブラウン館の怪物たち』は、やはり1985年の作品。『仕事人V』の映画化作品だ。
時代設定は20数年進んで慶喜が将軍になった1866年または1867年らしい。
もし、1866年で主水が満52歳なら1814年生まれ、数え年52歳なら1815年生まれ。
1815年生まれなら井伊直弼と同い年であるし、1844年で30歳ほどであれば平手造酒(ひらてみき)と同世代になる。
1820年(『裏か表か』『仕事人2007』)で6歳、1821年(『2009』)で7歳、1849~1851年(『主水死す』)で35~37歳。
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