1960年代から70年代を経て80年代にかけて、日本の野球漫画は一般に荒唐無稽からリアル路線に進んでいた。作者別で観ると以下のような順序になる。

 

福本和也→梶原一騎→水島新司→ちばあきお、あだち充等
荒唐無稽←───────────────→リアル

 

普通に考えると福本和也と梶原一騎が魔球漫画作者の代表で、水島新司やちばあきおが魔球のないリアルな野球漫画を追求したように見える。

 

しかし、もっと細かく見れば、福本和也や一峰大二の野球漫画に比べれば、梶原一騎の作品はすでにリアル路線に近づいており、逆にちばあきお、あだち以降の野球漫画に比べれば、その前の水島作品はまだ漫画的な遊び、荒唐無稽さにあふれている。

 

福本和也─────────→梶原一騎
(相対的に)荒唐無稽←───→リアル

 

水島新司─────────→ちばあきお、あだち充等(→今の各種野球漫画)
(相対的に)荒唐無稽←───→リアル

 

今ではイナズマやスカイフォークの登場する『ドカベン』のほうが往年の魔球漫画の名残のようになっているかも知れない。

 

梶原一騎の『巨人の星』『侍ジャイアンツ』『新巨人の星』の場合、各シーズンのペナントレースや日本シリーズでどの球団が優勝するか、巨人が優勝できたかどうかで作品が影響を受けた。
アニメの『新巨人の星II』では78年の優勝チームをヤクルトから巨人にするという「歴史改竄」がおこなわれており、これはパロディーの局地であった『がんばれ!!タブチくん!!』でもできなかったことだ。

 

一方、水島新司は『野球狂の詩』で「東京メッツ」という架空の球団を作り上げ、「北の狼・南の虎」では1974年のセ・リーグ優勝チームを中日でなくメッツにしている。

 

『球漫』などで水島氏は『あぶさん』をパ・リーグの歴史書、『ドカベン』を野球のルールブックのつもりで描いていると述べている。
『あぶさん』は実際の野球史に忠実なようだが、『ドカベン』になるとスーパースターズができてから、こういう「歴史の書き換え」が進んでいる。

 

2007年の日本シリーズでは中日と日ハムが対戦したが、『ドカベン』では中日と東京スーパースターズ。
2008年の日本シリーズでは巨人と西武た対戦したが、『ドカベン』では巨人と東京スーパースターズ。

 

今、観ると『ドカベン』では事実をねじ曲げているようにみえる。
しかし、『ドカベン』はあくまでフィクションである。
水島新司氏は『ドカベン』を始めたとき、それまでの『巨人の星』のような野球漫画を意識し、「野球はチームプレーだ」ということを訴えようとして、現実的な野球漫画を目指したらしい。
しかし、漫画は現実ではできないことをキャラクターがやるから漫画なのであり、現実の野球を見たければ町のグラウンドの野球を観ればいいのである。

 

今観ると『男どアホウ甲子園』も『ドカベン』も、相当、漫画ならではの遊びをやっている。藤村甲子園のしていることは犯罪に近いし、山田太郎の妹・サチ子がベンチ入りしていいのかどうかはアニメ放送当時から疑問であった。

 

水島新司は自ら作り上げた野球漫画のリアル路線に先を越され、今やリアルだらけになった野球漫画の中で昭和的野球漫画の牙城を守っているのかも知れない。
これは時代劇に似ている。奇しくも『ドカベン』連載開始と同時期、チャンバラ時代劇へのアンチテーゼとして始まったのが必殺シリーズだったが、チャンバラ時代劇が激減した今では『必殺仕事人2009』が刀を使う仕事人の立ち回りによってチャンバラを守っているという皮肉な状況になっている。

 

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2009年7/15 7/15~18